MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『タタリ』

日本マジック界の開祖と賞されている、
奇祭堂不死身の
生誕200周年を祝うイベントが開催された。

奇祭堂不死身は、赤々と燃える炭火の上を裸足で歩く術、
腹の上に乗せた大石を玄翁(大きなハンマー状の物)で
叩き割る荒技を得意とし、後に様々な不思議術を考案、
披露した人物である。

横浜市内のホールには多くのマジック愛好家、
プロのマジシャンたちが詰めかけ、
早くも満席となっていた。

このイベントに出演するのは、5人のマジシャンであった。
奇祭堂不死身の業績を研究、
技の伝承に尽力した新川参次郎、
指先のテクニックを誇る右山雪彦、
新人ながら古典マジックの技術をマスターした
マジカル佐久間、ベテランの森野冬玄、
そして私、パルト小石であった。

通常はコンビで、ナポレオンズとして長く活動をしてきた
私であるが、最近はバラ売りもするようになった。
私ひとりでステージに立ち、
自分で代表作『あったま・ぐるぐる』を演じることも
多くなっているのだ。

今回も、生誕200周年のイベントを企画した新川参次郎に
私だけの出演を是非にと請われたのだ。

「奇祭堂不死身の考案したマジックに
 『大衆の目の前で、頭だけを回転させる術』というのが
 あってね。
 絵を見ると、ひとりで演じてるんだよね。
 だからさ、パルトさんだけで、
 ひとりで頭を回してほしいのですよ。
 それにね、ビックリしたのは、
 奇祭堂不死身の顔が、パルトさんに似てるんだよ」

ショーが開演となった。
始めに登場したのは新川参次郎である。
長年の研究成果を述べた後、
火のついた紙玉を食べるマジックを演じ始めた。
新川の得意とするマジックで、丸めた紙に点火し、
メラメラと燃え始めたところで口に放り込む。
ひとつ、ふたつと、次々と燃えている紙を口に入れる。
水を飲み、最後に口から赤く長い紙を吐き出すという
荒技である。

いつもの術、芸のはずであった。
ところが、何を、どこを失敗したのか、
新川が急に苦悶の表情になり始めた。
なんと、薄く開けた口から炎が出始めたのだ。
慌てて水を飲もうとするが、炎の勢いが増してきた。
袖で見つめていたスタッフがバケツをステージに運び入れ、
新川はバケツに顔を突っ込んだ。
哀れ新川は水浸しとなり、唇が焼けてしまっている。

「皆さま、申し訳ありません。
 でも、水もしたたる良い男になりました、へへへ。
 ちょっと、私は失敗をしましたが、
 軽い火傷くらいですから大丈夫です。
 さぁ、ショーを続けましょう」

新川の紹介で右山雪彦が登場、
いつもの流麗なテクニックを秘めたマジックを演じ始めた。
しかし、やはりどこか動揺があったのか、
指先からボールがポロリと落ちてしまった。
落ちたボールを拾おうとした瞬間、
仕込んであったトランプが
バラバラと床に巻き散らかされてしまった。
しかも、そのトランプに足を滑らせて
後ろ向きに転倒してしまった。

中幕が閉められた。

「右山雪彦は、後頭部の軽い打撲だけでした。
 今は念のため楽屋で休んでおります。
 ご心配をおかけしましたが、
 ショーは続けさせていただきます」

アナウンスの後、マジカル佐久間が登場した。

「なんですかねぇ。
 ひょっとすると、奇祭堂不死身のタタリですかねぇ。
 私もせいぜい気をつけてマジックをするとしましょう」

マジカル佐久間の得意のマジックはロープ抜けである。
観客にロープで体をぐるぐる巻きにされ、
大きな袋に入れられた。
数分後、ロープをほどいたマジカル佐久間が
袋から脱出するはずだった。

だが、彼も奇祭堂のタタリであろうか、
いくら待っても袋から出てこなかった。
なんと、袋の中で気絶していたのだった。

そんな状況の中、ついに私の出番がやってきた。

「やっぱりねぇ、マジックは安全第一です。
 そこで、世界一安全なマジック『あったま・ぐるぐる』を
 ご覧いただきましょう」

そう言いつつ頭を回し始めた。
だが、早く回し過ぎて目が回ってしまった。
私は袖に引っ込もうと歩き始めたのだが、
よろけて客席に落ちてしまった。
客席から声が聞こえてきた。

「やっぱり、タタリだよなぁ」

最後のマジシャン、森野冬玄が登場した。
彼はいつものマジックを、淡々と演じ始めた。
今度はベテランのマジシャンの身に何が起きるかと、
観客は森野のマジックを見つめた。
だが、ベテランゆえの落ち着きか、
森野のマジックには何事も起きず、
最後まで演じられたのだった。

出演者も観客も、

「絶対に、奇祭堂のタタリだよ。
 いやぁ、あんな失敗、ハプニングは初めてだよ。
 なんだか、忘れられないよなぁ」

私は自身の反省とともに、
森野冬玄だけがタタリから逃れられたことに
大いに感心をした。

翌日、新川参次郎のホームページに
詳しい記事が掲載された。
出演者、目の当たりにした観客のコメントが
多数寄せられている。
コメントに対するコメントが続き、
記事は膨大な量になった。

私は何度も記事やコメントを読み返した。
そうして、ただひとり無事にマジックを演じ終えた
森野冬玄についての記述が一切ないのに気付いた。
コメントを寄せた友人に電話をし、

「詳しいレポートだねぇ、ありがとう。
 ところで、森野冬玄のマジックについては
 何にも書いてないよね」

と訊いた。
すると、友人は、

「えぇっ? 森野冬玄?
 あれ? 出てたっけ? 何やったっけ?」

彼は森野冬玄については何も覚えていなかった。
他の友人に訊いても、皆一様に
森野冬玄のことを忘れてしまっているのだった。

私は思わず唸った。
我々が被った軽い火傷や打撲、
気絶や転落というタタリより、
観客に芸も存在さえも忘れ去られてしまった
森野冬玄の方が、はるかに厳しいタタリではなかったかと。

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2013-01-27-SUN
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