MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『マジックの出前授業』

最近、あちこちの小学校や中学校を訪問している。
もちろん、マジック・ショーを観てもらうためなのだが、
ただ単に不思議なマジックを楽しんでもらうだけではない。

私は、マジックの中に潜む『非常識』を学んでもらいたいと
願っているのだ。

私たちは、小さい頃から様々な教育を受けて育つ。
国語、算数、理科、社会など、人生に必要と思われる
数多の知識を教えられる。
昔でいうところの『読み・書き・そろばん』という、
社会で生きるために必要な知識だ。
それらの知識は、言い換えれば
社会で生きるための『常識』だと、私は思う。
多くの『常識』を学んで、私たちは社会に出ていく。

ただ、後に出ていく世間が学校で教わってきた
『常識』だけで成り立っていれば何の問題もない。
ほとんどの皆さんが感じることであろうが、
『常識』以外の出来事が実社会にはたくさん存在するのだ。

なのに、小学校や中学校で
『非常識』を学ぶことはまずない。
まずは基本となる『常識』だけを学ぶ。
つまりは『非常識』には免疫がないまま、
社会に出るということになる。

そこで、いよいよマジックの出番だと私は考えるのだ。
何もないはずのハンカチから鳩が出る、
赤いステッキが一瞬にして黄色いステッキになる、
破かれた新聞が再び元の新聞に
戻ってしまうマジックなどを、生徒さんに観てもらう。
マジックの不思議に潜む、現実ではありえないような
『非常識』を生徒さんに観てもらって、
脳に免疫をつけてもらいたい。

何もないハンカチから鳩は出ない、
赤いステッキは塗り替えない限り黄色くはならない、
破かれた新聞は元に戻らない
という『常識』から外れた『非常識』という存在を、
マジックを通して知ってもらいたいと願っているのだ。

以前に離島を訪れたことがある。
島の小学校の前の道路に、横断歩道と信号機がある。
ところが、その道路を車が走っているのを
ほとんど見かけない。
私は、この信号機を無用の長物と思った。
だが、先生によれば、

「この島では、ほとんどの道で信号機はいらんでしょうね。
 赤信号が青になるまで待ってても、
 車はほとんど通りませんから。
 でもね、この信号機は必要なんですよ。
 この学校の生徒もいずれは島を出て、
 都会暮らしをするかもしれんでしょ。
 その時に初めて信号機を見るなんてことになったら、
 生徒は危なくてしょうがないでしょ。
 だから、小さい頃からちゃんと
 信号機に慣れてもらうために、
 この信号機はあるのですよ」

私はマジックに、あの離島の信号機のような役割を
持たせたいと思う。
信号機ほど明確に役立たなくとも、
目の前のまだ幼い生徒さんたちが社会に出て
奇妙な経験をした時、ふとマジックのことを
思い出してもらえればと考えるのだ。

それゆえ、時にマジックのタネ、トリックを明かす。
生徒さんはマジックの不思議に驚き、
タネの単純さにも驚いている。

「なぁんだぁ、こんな簡単なことでダマされるんだぁ」

生徒さんに、そう思ってもらえれば大成功だ。

ある小学校では、全校の生徒さんを集めても
40人ほどだという。
それでも、

「マジック・ショーは体育館でお願いします」

とのこと。
広過ぎるのではといぶかっていると、
体育館は大勢の人で埋まっているではないか。
聞いてみれば、

「はい、ここから車で1時間ほどのところの分校の生徒、
 割と近くの幼稚園にも声をかけましたので。
 それと、親御さんですね。
 なるべく、大勢の皆さんに観ていただこうと思いまして」

本当に幼い子供たちを前にして、私はなんとか話を続ける。

「ハンカチを見てね、何にもないと思うでしょ。
 そうするとねぇ、僕らはねぇ、安心するの。
 でもね、安心してると、鳩が出てきたりしますよぉ。
 だからね、見て、何もないなぁと思っても、
 もうちょっと見るのもいいかもね。
 はい、では、この新聞を見てね。
 何もないかなぁ? 本当にないかなぁ?」

子供たちは無心に聞き耳を立て、
熱心にマジックを見つめている。

中学校では、もうちょっと難しい言葉を使ってみる。

「デパートに行ったとします。
 たとえば、靴売り場で、
 『白い靴と黒い靴がございます。
  どちらがよろしいですか?』
 と聞かれたとする。
 『そうねぇ、黒い靴かなぁ』
 と答えるとします。
 これは、買うか買わないかの選択が、
 実は省略されているのです。
 まずは、買うことが決定されてしまっているのです」

その後、2枚のトランプを見せ、
どちらを選んでもマジシャンの予言通りになるマジックを
観てもらう。

マジック・ショーが終わり、控え室で給食をいただく。
今日の給食メニューは米粉パン2枚、豆と野菜のトマト煮、
味噌煮込みうどん、ブロッコリーのサラダ、牛乳。
地産地消を目指していて、
材料は県内産のものばかりらしい。
私は、米粉パンは初めてかもしれない。
なにもつけないでも味わいがあって美味しい。

冬が深まって、山の学校は雪に包まれている。
今年は雪が多いらしく、校庭も一面雪また雪の平原だ。
校舎を出て歩くと、足跡がポコリ、ポコリと続く。
その足跡にも雪が降り積もり、すぐに見えなくなる。
そんな深い雪も、春になれば跡形もなく
消えてしまうことだろう。
でも、子供たちの反響、温かい給食の味わいは、
私の記憶から消えることはないだろう。

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2012-12-23-SUN
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