MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『食べる旅』

12月のある日、私は羽田へと向かった。
早朝の出発だから眠いのだが、師走の冷たい空気が
無理矢理でも目を覚ましてくれる。

午後の便だと、空港内のレストランで
天ぷらうどんを食べたりする。
出発ゲート近くのレストランの天ぷらうどんは美味しくて、
私のお気に入りだ。

だし汁は関東風、それとも関西風にするか、ちょっと迷う。
日常は関東風のだし汁なので、
ここでは関西風を選ぶとするか。

天ぷらはエビ天、かき揚げ、春菊、アジ天、イカ天などが
並んでいて、好みのものを選んで皿に乗っける。
白いうどんに、透明なだし汁がたっぷりだ。
そこに、まずはイカ天を乗っける。
私はイカ天が大好物なのだ。
時に、春菊もトッピングする。

寒い時期に、熱々のうどんが美味しい。
七味をたっぷりと振る。
白いうどん、透明なだし汁、春菊の緑、七味の赤。
あとはズズズズ〜、ズズッ、ズズズズ〜。
イカ天の歯触り、ころもの油が
なんともベストマッチングだ。

お腹がそれほど空いてない時には、カツサンドを買って
機内で食べる。
とても柔らかいカツをモグモグしていると、
「コーヒーなど、いかがですか?」
CAさんが優しく声をかけてくれる。
声をかけてくれないこともあるのだが、その際は仕方ない、
自分から呼びかけてコーヒーなどを頼む。

待っていればそのうちコーヒーなどの飲み物が
配給されるのだが、私は離陸するやいなや
カツサンドの箱を開けて食べ始める。
なぜなら、私は未だに飛行機が恐いのだ。
特に離陸する時が一番恐いので、
その恐怖を紛らわすために何かを口に入れてごまかすのだ。
「なんだか子供みたい」
そう叱られることもあるのだが、恐いものは恐いのだから
仕方ないのだ。

さて、今日の便は朝早い。
となると、機内で弁当が出る。
うどんもカツサンドも止めて、空腹のまま席に着いた。
水平飛行になった頃、12センチ四方の黒い弁当箱が届く。
箱に鰆(さわら)の味噌だれ焼き、さつまいもの甘露煮、
かぶの甘酢漬け、出汁巻き玉子が入っている。
大きめの紙コップには鯛雑炊が熱い湯気を立てている。
そこに別添えの海老、三つ葉、小ねぎを加える。

濃いめの鯛雑炊に海老の甘みが際立って美味しい。
鰆の味噌だれ焼きは意外と大きい。
これまた、しっかりした濃厚な味わい。
さつまいもは甘く、かぶの甘酢漬けは酸っぱい。
つまりは甘さ辛さ、酸味などがしっかりとしていて、
量は少なめでも満足感はたっぷりなのだ。

飛行機は無事に福岡空港に着いた。
空港から車で大分に向かう。
1時間ちょっとで会場に着いて、楽屋へと案内される。

楽屋にはすでにお昼の弁当箱があった。
左側に小さな梅干しが乗ったごはん、
その上方にウズラの玉子。
ごはんの右側に沢庵、唐揚げ、ウインナー、かまぼこ、
小さいコロッケ、ハムカツ、ポテトサラダなど。
ごはんがほんのりと温かく、
まずは梅干しと一緒に口に放り込む。
口の中でごはんと梅干しの酸っぱさが混じり合う。
いわゆる口中調味というやつで、
ごはんとおかずを口の中でほどよく調味して味わうのだ。

コロッケとポテトサラダを同時に口に入れる。
ちょっとだけかけたソースが辛くて美味しい。
「すいません、ステージで打ち合わせをお願いします」
仕方なく弁当箱にフタをしてステージに向かう。
また楽屋に戻り、懐かしい味わいのハムカツをかじる。
ソース味のハムカツ、たまらんなぁ。

ステージで普通の出番のリハーサルと芝居の稽古をする。
何度もリハーサル、芝居の稽古を重ねる。
時間はたちまち過ぎて夕方になり、
楽屋に夕食の弁当が届いた。

左側のごはんに柴漬けが添えられている。
右側にすき焼き風の牛肉とこんにゃく、
その上側にシャケ、銀杏と海老と芋の
煮物、海老シュウマイ、イカゲソ天。
弁当といえばシャケだ。
これまで、私はいったいどれほどのシャケを
食べたことだろう。
仕事先では、朝昼晩に弁当というのも珍しくはない。
そのほとんどにシャケが入っている。
それでも、そのシャケから食べたいと思う。
まるで飽きないシャケを、ごはんとともに口に入れる。
そうそう、このいい塩梅の塩気が
ごはんを一気に美味しくしてくれるのだ。

公演が終了して車で福岡に移動、天神のホテルで一泊。
翌朝、帰りの飛行機に乗った。
黒い二段重ねの弁当箱が運ばれてきた。
上の箱に、ちりめん山椒ごはん。
もうひとつの箱には銀ダラ味噌漬け、
蒸し鶏とキャベツと玉ねぎ炒め、海老塩ゆで、絹さや、
ほうれん草のお浸し。

ちりめん山椒ごはんが美味しい。
もう、それだけでパクパクいける。
キャベツと玉ねぎの炒め、蒸し鶏は胡麻ダレで食べる。
濃厚な胡麻ダレがうまい。
この胡麻ダレに漬ければ、
どんな食材でも絶品おかずになるに違いない。
蒸し鶏の胡麻ダレ漬けにちりめん山椒ごはん、
まさに最強のタッグ。
濃厚甘辛に山椒のピリピリが追っかけて、
口から胃袋へとデッドヒートを繰り広げるのだった。

羽田空港に戻った。
いったん帰宅して荷物を詰め替え、
夕方からの仕事に出かけなければならない。
私は早くも頭の中で計画を練り始める。
さてさて、今日のお昼は何を食べようか。
これまで弁当続きだから、今日の昼は蕎麦にしようか。
冷たい蕎麦を熱い汁にくぐらせる鴨せいろ、
美味しいだろうなぁ。
それともラーメンにしようか。
久しぶりに、あの澄んだスープがちぢれ麺にからむ
絶品の丼を抱えようか。

食べる旅はまだまだ続き、私は次の味わいを夢想する。

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2012-12-16-SUN
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