MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ネイティブ・デジタリアン』

電車の中で、小さな子供が
タブレット型端末の画面に見入っている。
時おり、指先で次の画面を開いて、
タブレット型端末を
自在に使いこなして楽しんでいるようだ。

つい最近になって、やっとデジタル機器を
使えるようになったおじさんには、
どうにも信じられない光景だった。

今の子供は、物心ついた頃から
既にデジタル機器が周りに当然のように存在する。
そして、それらを完全に使いこなしているのだろう。
そんな現代の子供たちを
『ネイティブ・デジタリアン』というのだそうだ。

私が毎月開催しているマジック教室に、
3歳くらいの小さな男の子を連れて
参加しているお父さんがいる。
始めの頃、男の子は時々ぐずったり泣いたりしていた。
ところが、最近はぐずりも泣きもしなくなった。
お父さんの膝の上でおとなしくしている。

もちろん、私のマジックに
見とれているというわけでもない。
男の子は、目の前に置かれたタブレット型端末で
ゲームに興じているのだ。
小さな指で画面にタッチして、アニメの動物たちを
自在に動かしている。

私は、子供が意味も分からないままに
画面に触れているのかと思っていた。
ところが、子供はちゃんと明確な意志を持って
画面に触れているのだった。
彼は、まさに『ネイティブ・デジタリアン』だったのだ。

お父さんによれば、

「テレビの画面も、
 指でさわって変えようとしちゃいますからねぇ」

なのだそうだ。

周りの大人たちは、
「小さい頃から、もうすっかりデジタル機器を
 使いこなすんだもんね。
 この子が大きくなる頃は、
 世の中どうなってるんだろう?」

子供が興じている画面を目で追いながら、
ため息をつくばかりだ。

「でもねぇ、意外と中学生くらいになって
 アナログに戻ったりして。
 野球盤とかを見て、
 『なんだこれは! こんな面白いゲームがあったのか!』
 なんてね」

デジタル腕時計が初めて発売された頃、
新し物好きの私はすぐに購入した。
アナログの、短針と長針が動いている時計と違って、
デジタルは『12.15』と赤く表示され、
それがとても新鮮に思えたものだ。

ところが、私には『12.15』という表示を見ても
何時なのか認識できないことが多かった。
やはり、アナログの針の位置で、
「あぁ、もう昼かぁ」
とか、
「おやおや、もう夕方かぁ」
と、数字ではなく、
2本の針の位置関係を絵のように認識している私には
『12.15』が4桁の数字のままで、
時間とまるで認識できなかったのだ。

結局、またアナログの腕時計に戻った。

数年前から、マジックの道具にも
デジタル化の波が来ている。
ラスベガスでは、とてもユニークなマジック・ショーが
観られた。
なんと、すべて電化、自動化されている
マジック・ショーなのだ。
登場するマジシャンやアシスタントは人間なのだが、
扱うマジック道具はコンピューター制御されていて、
すべてが整然と進行する。
確かに、近未来のマジック・ショーを観ているように
感じられた。

しかし、どこか故障するとすべてがストップしてしまう。
翌日も劇場に行ってみると、入り口が閉まっていて、
『本日は機器の故障のため休演します』
と書かれていた。
ラスベガス在住の友人によれば、

「あぁ、あのショーはね、
 停電とかコンピューターの故障とかで
 しょっちゅう休むんだよ」

最近のマジックにも、
デジタル機器が使われていることが
ある。
マジシャンはどこかに
トランシーバーの受信機を隠し持っている。
観客の選んだトランプを、
客席の後方にいるアシスタントが見て、
それを秘かにマジシャンに伝えるのだ。

だが、送受信機の電池が切れていたり、
電波の状況が悪いと伝わらなくなってしまい、
あわれマジシャンはステージ上で絶句してしまうのだ。
私ならば、

「えぇっと、貴方の選んだトランプは、
 たぶん四角い形をしています。
 へへへ・・・」

などと、ごまかしてしまうのだが。

先日、友人のマジシャンが開発したという
マジック道具を見せてくれた。
電磁マッサージのパッドを体に貼り、
遠隔操作でスイッチを入れると、
そこの筋肉を刺激してトランプの種類が分かるというのだ。

さっそく私が実験台になってみた。
確かに、パッドを貼った部分の筋肉がピクンと動く。
数枚のトランプを当てるのであれば、
同じ枚数のパッドを体のあちこちに貼っておけばよい。

ただ、筋肉がピクンとすると、
マジシャンも同様にピクンと動いてしまう。
ピクンが、どうにも怪しい。
その動作は、あたかも本当に
テレパシーを感じたかのように見えなくもないのだが、
まるで操り人形のようにピックンピクンするのだった。

「アウッ、ハートの3です。
 イヒッ、ダイヤの7です」

面白いマジックには違いないのだが、
激しい運動の後のような疲労感が残る。

「面白いんだけどさぁ、
 この装置でトランプを10枚当てたら
 マジシャンは倒れると思うよ」

私の指摘に、開発者は頭を抱えながらも、

「ですよね。
 でも、この装置、差し上げますので
 よかったら持って行ってください」

私は、

「いや、いらない」

そう、即答した。

私は今、もっと体に優しい
デジタル・マジックの登場を心待ちにしている。

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2012-11-25-SUN
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