MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『秋色の魔法』

秋めいてきた。
東京は、まだまだ暑かった夏の余韻が残っているような
温い日もあるのだが、地方にいったりすると
すっかり秋も深まっていたりする。
色鮮やかな紅葉が目に飛び込んできて、
季節の移ろいをしみじみと感じるのだ。
ここで気の利いた一句でも捻りたいのだが、
『 仕事先 弁当ばかりで 飽き(秋)がきた 』
とまぁ、なんとも情けない。

秋の空気を胸に吸い込むと、
ふと時の移ろいを思うことがある。

私は自分の年齢を知っている。
当たり前だ。
「さぁ、オレは何歳だっけなぁ」
そういう大人には未だ会ったことがない。
それはそうなのだが、私は普段、
自分の年齢をまったく意識できないのだ。
年齢は知っているけれど、
その年齢が多いのか少ないのかを判断できないのだ。

また、
「もう◯◯歳になったのだから・・・」
とか、
「仕方ないよ、もう◯◯歳だもの」
というようにも考えられないままだ。
そりゃぁ、100歳を過ぎた人が、
「仕方ないよ、もう100歳だもの」
と言うのなら分かる話だが、
なぜか100歳を過ぎた人が、
「もう100歳になったのだから・・・」
などとぼやくのを聞いたことがない。
だいたい、中途半端に年を取っている人が、
「もう◯◯歳だからねぇ・・・」
などと、言い訳がましくつぶやいたりするのだ。


普段、年齢をまったく意識しない私でも、
秋風に吹かれて来し方を回想してしまう時がある。

ふと過去を振り返れば、
幼き頃の思い出はすでに土に還り、
子供時代は腐葉土のように堆積し、
その上に一枚、また一枚と
枯れ葉が降り積もっているかのようだ。
「ひょっとすると、長く時が過ぎてしまったのか?」
そう思い至り、思わず嘆息を漏らす。

しかし、そんな大人の感傷に浸るのは
年に一度あるかないかだ。
普段は、我が人生を振り返ってみても
年月が積み重なって見えない。
確かに、過去という枯れ葉が
年の数だけ落ちているようには思える。
どれも似たような一枚一枚の葉っぱが、
ぽつりぽつりと落ちてはいる。
だが、それらは昨日落ちたようでもあり、
一昨日落ちたようでもある。
つまりは、積み重なって味わい深くなどなっていないのだ。

見た目が実年齢より若いからだろうか。
朝、歯を磨きながら鏡に映った自分の間の抜けた顔を見る。
そうして自問する。
「おい、お前はいったい何歳になったんだ?」

私の師匠、初代・引田天功は
45歳の若さでこの世を去った。
その散り際の見事なこと。
ヒーローのまま、カリスマのままで、
「さぁ、皆さんはだんだんと私が見えなくなっていきます。
 3、2、1、はい・・・」

私は師匠の年齢をとうに超えてしまった。
それは意識している。
なのに、気分は未だ天功先生のステージで
アシスタントを務めていた頃のままだ。
未だに、師匠の次の指示を待っているようなものだ。

故郷の同窓会に出席し、同級生たちと集合写真を撮った。
その写真を見て知人は、
「へぇ、珍しいねぇ。
 ボランティアで老人会かなんかに出演したの?」
などと勘違いする。
確かに、写真に見る同級生、特に男たちの老化が著しい。
女性たちは、人生の2段ロケットに点火したように
元気そうなのに。
私は、どこからか迷い込んだ年齢不詳の人のように、
居心地の悪そうな笑みを浮かべて写っている。

新聞を広げると
『昭和の名人、笑いの王様たちの競演』などと銘打たれた
CDやDVDの宣伝ページがあったりする。
どれどれ、圓正師匠か志ん生師匠かと見れば、
ついこの間まで高座でご一緒させていただいたあの師匠、
この師匠ではないか。

この時ばかりは、思う。
確かに時は、長く過ぎたのだ。
私が敬愛してやまなかった師匠たちも、いつの間にか、
「お先に、あばよ」
と、去って行ったのだ。
あの師匠、この師匠の遺作を
白黒の新聞広告で見るなど考えもしなかったのに。

最近、空港で若手コントの人、お笑い芸人さん、
あるいはタレントさんたちと会うことが多くなった。
ふと気付けば、古い落語家さんやベテランの芸人さんには
めったに会わなくなった。
そのうち、
「あの◯◯師匠、この間、亡くなったよ」
などと耳にする。

同期のマジシャンとも会わなくなって久しい。

海外のマジシャンたちとフェイスブックやツイッター等で
繋がるようになった。
だが、かつてロサンゼルスやラスベガスで
共演したマジシャンたちの消息はまるで聞こえてこない。

以前にも記したことだが、
『 Broken wand 』という英語がある。
訳せば、『折れた魔法の杖』。
『 Broken wand 』とは、
マジシャンの訃報を意味するのだ。

私は秋の高くなった空を見上げて、
多くのマジシャンたちが
向こうで魔法の杖を振りながら
得意のマジックを演じている姿を夢想する。
そうして、彼らに伝わるようにと祈る。
私はこれからも、
もっともっと魔法の杖を振り続けますよと。

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2012-11-04-SUN
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