MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『私はウソをつく正直者である』

「マジシャンは、ウソの天才なんだよ」
と、言われたことがある。
そう言った人物が自称、超能力者であるから
話がちょっとややこしい。
つまり、ウソつきに、
「お前はウソつきだ」

と言われたならば、私はウソつきではなく、
正直者だということになる。

自称、超能力者が言うように、
マジシャンはウソの天才なのだろうか?
確かに、マジックを演じる場合に、

「何もない、ごく普通のハンカチからハトが出現します」

とか、

「スプーンを曲げます。
 なぜ曲がるかというと、スプーンは金属です。
 金属は熱に弱いのです。従って、熱で曲げるのです。
 つまり、全身の体温を指先にすべて集中させるのです。
 だから、風邪ひいて高熱な人ほどよく曲がります」

などと、ウソを言うことがある。
ウソの天才かどうかはともかく、
マジシャンは時としてウソをつくのだ。

私はマジシャンであるが、マジックはあまり得意ではない。
それゆえ、ウソもうまくない。
私がマジックを演じる際につくウソは、
すぐにバレてしまうことが多いのだ。
友人によれば、

「小石さんは目が大きいんですよ。
 その目が、ウソを言うと更に大きくなったり、
 キラッと光ったりする。
 それに、視線は正直にマジックのタネの方に行くから、
 バレるんですよ」

ということらしい。
そう指摘されて以来、私はなるべく目を細めてマジックを
するようにしている。

「ウソはいけませんよ」

家でも学校でも、そう教わってきた。
確かに、ウソはいけないと思う。
ただ、マジシャンという職業にだけはウソを許してほしい。
なんせ、ウソを言わないとマジックなど演じられやしない。
なるべく正直に説明するとなると、

「えぇ、どこからともなく、ではなく、
 体内および周辺の、嚢状の部分に隠蔽されていたハトを
 ハンカチ内部に移動させたのでございます」

なんだかよく分からない説明になってしまう。

あるマジシャンが言っていた。

「だから、ほとんどのマジシャンは黙って、
 音楽に乗ってマジックしてるんだよ。
 あんたみたいにペラペラしゃべってるから、
 ウソつきなんて言われちゃうんだよ。
 オレを見てごらん。
 黙して語らず、ただ正直にマジックを演じている。
 つまり、マジシャンは正直者なのだよ」

お説ごもっとも、なのかもしれない。

ただ、今さら急に、
「黙ってマジックしなさい」
と言われても無理なことだ。
まぁ、苦肉の策として、

「えぇ、皆さん、これからハンカチの方から
 ハトが出現する方向になります。
 よろしかったでしょうか?」

とか、

「超能力の方からやってきました。
 こちらが、曲がるスプーンの方になります。
 どうぞ、なるべくぼんやりとご覧いただくと、
 スプーンは曲がる方へと向かうような気になります」

などと、なるべく曖昧に、
ぼかした表現にするしかないだろう。

消火器を市価の何倍もの値段で売りつける詐欺師は、
「消防署の方から来ました」
などと言うらしい。
正直といえば正直、ウソとは断定できないだろう。
これが、
「消防署から来ました」
と言うならばウソに違いないのだが、あくまで、
「消防署の方」
なのだから。
詐欺師の肩を持つつもりは毛頭ないが、
よくもまぁ悪知恵が働くものだと感心する。

善意のウソというものも、確かにあると思う。
相手のことをおもんばかって、つくウソもあるのだ。
「傷は浅いぞ、しっかりしろ」
これはウソかもしれない。
だが、正直に、
「傷は深いぞ、ガッカリしろ」
と言ったのでは身もフタもないではないか。

動物もウソを、しかも善意のウソをつくことがある。

「そんなバカな、ウソは人間しかつかないよ。
 ましてや、善意のウソをつく動物なんているわけないよ。
 カワウソって、
 名前にウソがついてる
 カワウソウな動物はいるけれど、へへへ」

再び、お説ごもっとも。

だがしかし、私は動物の善意のウソを見たことがあるのだ。

あれは、私がまだ8歳か9歳だった頃だ。
家に、まだ若い猫がいた。
そりゃもう、可愛くてならない。
おそらく精神年齢が似通っていたのだろう、
猫と私はすこぶる仲が良かった。
フスマの向こうの猫と、かくれんぼをして遊んだりする。
私がそぉっとフスマの向こうをのぞくと、猫はしっかり
コタツの中に隠れるのだ。
隠れて、ほんの少し頭を出して、
私に見つかっていないかを確認しようとする。
何度も繰り返して、私と遊んでくれるのだった。

ところが、猫だっていつも暇とは限らない。
遊びたくない時もある。
そんな時、私がいつものようにかくれんぼに誘うと、
猫は窓の外を見る。
何もない窓の外を、しきりに見るのだ。
そうして、私にも窓の外を見るように促す。

「ホラホラ、窓の外に怪しいのが、いるんだよ。
 鳥かなぁ、虫かなぁ。
 いずれにせよ、おいらは猫だから、
 鳥にしても虫にしても
 動きを観察しなければならないのですよ。
 だから、かくれんぼは、また後にしようよ、ね」

あたかもそう告げるように、
私の顔を見てから
本当は何もいない窓の外を見つめるのだった。

これは、猫の善意のウソである。
猫は、本当はただ遊びたくない気分だったのだ。
おそらく、猫まんまをたらふく食べてしまっていて、
遊ぶよりグウタラ横になっていたかったのだ。
だが、せっかくの私の遊びのお誘いであり、

「今は遊びたくなんか、ないんだよ。
 こうして、しばし横になっていたいんだよ。
 頼むから、ほっといてくれよ」

と、正直に断るのもよろしくない。
そこで、

「ホラホラ、窓の外に何かがいるでしょ。
 だから、今は遊べないんだよ」

という苦肉の、善意のウソをついてくれるのだ。

マジシャンのウソも、
私の猫と同様に善意のウソなのである。

最後に、私の長く良き友、ニューヨーク在住のマジシャン、
マルコ・テンペストの言葉を。

「不思議なことに、
 観客はマジシャンのウソを信じたいと願うのです。
 ゆえに、マジシャンは最後まで
 ウソをまるで真実のように
 見せ続けなければならないのです」

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2012-10-21-SUN
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