MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『理想の仕事とは?』


仕事についてのインタビューを受けた。

「小石さんにとって、理想、
 あるいは夢の仕事場ってありますか?」

職業はプロのマジシャンですよ。
まぁ、自営業ってやつ。
自営業だから、選ばず仕事をこなせば、
それだけ収入は多くはなるんですよ。
でもね、自営業のマジシャンにも
理想の仕事環境というのがあってね。

例えば、暑い夏には北海道で仕事をし、
寒い冬には鹿児島あたりで仕事をする。
夏を涼しく過ごし、冬を暖かく過ごす、ですよ。
夏になったら、まずは1、2週間、
北海道のあちこちで働く。
で、また1週間くらい東京に戻って、
再び1、2週間、北海道で働く。

今年の夏に、北海道の天売島という島に行ったんですよ。
夜になると、夏真っ盛りなのに、寒いんですよ。
短パンにTシャツという格好じゃ寒いんですよ。
だから、上に浴衣はおってね。
真夏に寒いという贅沢が味わえるんですよ。
本当に、最高の贅沢。

逆に、冬になったら暖かい沖縄や九州のあちこちで働く。
やっぱり、1、2週間働いて、ちょこっと東京に戻って、
再び1、2週間、暖かいところで働く。

冬のクリスマス・シーズンに、
沖縄に行ってショーをしたことがあるんですよ。
なんと、アロハ・シャツでいいんですよ。
サンタクロースさんもアロハを着てたりする(笑)。
そりゃもう、暖かくて陽気なクリスマスですよ。

ただね、これはあくまで夢、理想の話であってね。
現実は、そうは甘くないんですよ。
むしろ、逆のパターンが多いんですよ。
つまり、暑い夏には暑いところへ、寒い冬にはとびっきり
寒いところへ行かされたりするんですよ。

ただ、それもね、貴重な経験ができるんだけれども。
真夏に九州のホテルの仕事があって、
行ってみたらプールの横にステージがあってね。
観客はみんなプールの中から見てる。
泳いでて拍手なんてできないから、
何やってもパシャパシャという音しか聞こえてこない。
それに、マジシャンだから
長袖の上着を着てて暑いのなんの。
僕はしゃべり担当なんだけれど、脳みそが温まっちゃって
何しゃべってるんだか分からなくなったりして(笑)。

でもね、ステージ終わって
控え室で飲んだスイカのジュースの、
もう、夢のように美味しいこと。
忘れられないですね。

冬に北海道で仕事しましたよ。
その年の旭川は寒くて雪が多くてね。
マイナス20度くらいになって、寒いというより痛いくらい。
そんな夜、仕事終わって外に出て、
雪がすごいからラーメン屋さんは雪に埋もれてる。
雪の山というか壁というか、
乗り越えてラーメン屋さんに入る。
そうして食べた味噌ラーメンの味。
そりゃぁ、温まるんだけれども、本当にね、
身体が生き返るように感じましたね。
あのラーメンの味は、
寒いからこその味わいなんでしょうね。

高校とか大学の学園祭に出演というのも、いいですね。
特に高校、それも女子校だったりするのが理想(笑)。
やっぱり、マジックを見て驚きが違うんですよ。
なんというか、黄色い声援てやつね。
残念ながら、僕の容姿に対しての黄色い声援じゃなくて、
マジックの不思議さや面白さにキャーキャー言っちゃう。

「◯◯高校の学園祭の仕事が入りました。
 よろしくお願いします」

なんて、事務所からの電話があったりするだけで、もう
顔がにやけてるんじゃないですかねぇ。
で、喜んで行ってみると、男子校(笑)。

「すごいっすねぇ、マジ分かんねぇっす。
 それって、どうなってるんすかぁ」

黄色い声援の代わりに、すっかり声変わりした野太い声の
鋭い質問が飛んでくる(笑)。

落語会というのも、嬉しい仕事ですね。
大好きな師匠とご一緒だと、
嬉しいを通り越してありがたくすらありますね。
なんせね、袖で高座を聴ける、間近に観られる。
もちろん、タダで(笑)。
で、袖で僕が大爆笑していると、師匠が、

「あんたは前へ回って、お金払って聴きなさいよ。
 前のお客さんより、あんたの方がウケてる(笑)」

恐い師匠との落語会というのも、あるんですよ。
ほら、あのD師匠とか。
いやぁ、そりゃぁ恐かったですよ。
なんせね、僕が高座に上がってマジックしてると、
D師匠が袖から出てきちゃう。

「おい、それはおかしいだろう。
 客に調べさせる道具には仕掛けないんだろ?
 オレはこっちの道具が怪しいと思うんだが、どうだ?」

いやいや、D師匠は決して
意地悪してるんじゃないんですよ。
D師匠がいちばんのマジック好きなんですよ。
だから、ついつい我慢できなくて出てきちゃう(笑)。


アイドルとのステージというのも、ありましたね。
そりゃぁ、気分悪くないですよ。
楽屋も同じだったりして、
ちょこっと簡単なマジックも教えたりして。
アイドルという存在は、何だか独特のものがありますよ。
なんというか、僕とは対極にあるような。
マジシャンも、ただそこにいるだけで
キャーキャー言われるなら楽なんですけれどね(笑)。

ただ立って手を振っているだけじゃぁ、
マジシャンはお金をもらえない。
やっぱりね、道具を持ち歩いて、
ハンカチから何か出さないと喜ばれない。
でも、それが良いんですよ。
観客の反応に具体性があります(笑)。

しかもですよ、アイドルはなかなか、
僕みたいにぼんやりしつつ35年も続けられないもんね。
短いと1年も持たなかったりして。
次から次へと新しい人が出てきて、それも大変ですよねぇ。
マジシャンも新人が出てくるけれど、
僕らベテランが意地悪くするから
なかなか超えられない(笑)。

まぁ、でもね、正直に言うと、
ギャラの多い仕事が理想(笑)。
悲しいことに、仕事環境は理想なんだけれど、
ギャラが理想とかなりかけ離れている仕事の方が
多いんです。

だから、夏の北海道の、あるいは冬の沖縄の
女子校の学園祭に、
大好きな落語家の師匠と旬のアイドルと一緒に出演して、
出演料が高い、そんな仕事が僕の理想の仕事(笑)。

インタビューは無事に終了し、記者さんは帰って行った。
いただいた月刊誌の、これまでのインタビュー記事を
読んでみた。
誰もが非常に真面目に理想の仕事を語っているではないか。
涼しいところとか暖かいところとか、女子校、
あるいはアイドルとか、落語会という文字など
どこにもなかった。

記事はすぐにも月刊誌に掲載されると聞いた。
だが、9月も過ぎようとしているのに、
僕の記事は未だ掲載されないままだ。
どうやら僕は、ひと言付け加えるのを忘れたようだ。

「理想の仕事とは、絶対にボツにならない仕事です」

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2012-09-23-SUN
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