MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『マジックを買いましょう!』


福山市でマジック大会が開催された。
大会には、岡山や新潟、大阪などの
マジック・ディーラーさんが出店していた。
朝から夜まで様々なマジック道具を陳列、
その場で実演、販売してくれるのだ。

これが実に面白い。
当然ながら、実演が上手ければ上手いほど
マジックの魅力が引き出される。
結果、マジック道具はまさに飛ぶように売れていく。
今回のディーラーさんたちは腕利き揃いだった。
その口上、演出、手技の見事なこと。
ごく普通に見える物が、ディーラーさんたちの手の中で
奇跡のような不思議マジックに変身していくのだ。

今回もたくさんマジック道具を買ってきた。
お菓子のポッキーがチョコ・ポッキーに変身するもの。
更に、ポッキーが別のお菓子に変身するもの。
バナナがいつまでも出てきて、
「そんなバナ〜ナ(バカな)!」
と叫ぶギャグ・マジック。
リンゴ・ジュースが1個のリンゴに戻ってしまう、
ニュートンもビックリのマジック。
ハンカチからハトが出るのではなくて、
ハトからハンカチが出るというマジックなど。

家でやってみると、ディーラーさんたちのように
鮮やかにはできない。
練習あるのみであろう。
完璧に演じられるまで、私の観客は部屋の鏡だけである。
練習しながら、ディーラーさんたちの手技の見事さ、
トリックの意外さ、巧妙さにしみじみ感嘆する。

海外のマジック大会でも、多くのディーラーさんたちの
名人技が見られる。
ポルトガルのリスボンで開催されたマジック大会だったか、
ディーラーさんが実に興味深いマジックを見せていたのを
思い出す。

目の前の小さなテーブルに、マッチ箱が置いてある。
ディーラーさんが小さな声で、
「炎の精霊よ、目を覚ましておくれ」
などとささやくと、なんとマッチ箱が
静かに動き出したではないか。
その動きは直線的ではなく、不規則だ。
前に進んだかと思えばぐるぐると回ったり止まったり。
よろよろとテーブルの端まで動いたのだが、
そこで意志があるかのように留まるのだった。

マッチ箱は決してテーブルから落ちない。
端まで行くと必ず停止し、
しばし考えたかのようにUターンして中央付近に向かう。

直線的な動きではないので、
見えないほど細い糸を使用しているわけではないらしい。
実は、マッチ箱に糸を結んで
テーブルの左右から引っ張ると動くというトリックも
あるのだが、それだと左右の動きしかない。

そこで、ディーラーさんの動きを注視することにした。
すると、マッチ箱に向かってささやくようにする時、
ディーラーさんの右手がズボンの後ろポケットに入った。
そして、なにやらまさぐっている。

私は合点した。
現代はハイテクの時代である。
マジック業界にもハイテク化の波が押し寄せている。
恐らく、マッチ箱の中に高性能の小さなモーター、
受信機があり、ディーラーさんのズボンのポケットには
送信機が隠されているのだろう。

つまりは、リモート・コントロールだ。
しかし、それにしても
複雑な動きをコントロールできるものだ。
私は購入を決意した。
ハイテク機器を使用している割には
ずいぶんと安いお値段だし、迷う理由はどこにもなかった。

いそいそとホテルの部屋に戻り、
袋の中のマッチ箱を取り出して中を見た。
マッチ箱の中には、モーターも受信機もなかった。
送信機のようなものも同封されていない。
袋の中には、ただマッチ箱があるのみだ。

小さな紙切れがあった。
気付かず、袋と一緒に捨ててしまいそうな小さな紙切れだ。
なにやら英語が書かれていた。
読むと、

『インセクトは入っていません。
 自分の国のインセクトを使用します。
 両面テープ等でインセクトを箱の裏に貼ります。
 インセクトが大きい場合は、
 箱の裏に穴を開け、インセクトの背中を
 箱の中に隠します。
 インセクトの足だけが箱の裏に出るように
 セットしてください』

インセクト、つまりは昆虫である。
あの不思議なマッチ箱の秘密は、なんと昆虫だった。
昆虫がマッチ箱を背負っていたのだ。
それゆえ、あの自在な動きをしていたのか。
テーブルの端に来ると中央に戻ろうとするあの動きは、
昆虫が端から落ちないようにしただけだったのだ。
昆虫だって、大きな箱を背負わされて
テーブルから落ちたくはないだろう。

ハイテク機器を使用している割りには
値段が安いと思ったのだが、
私はただのマッチ箱を5千円で買ったことになる。
それでも、私は満足感でいっぱいだった。
なんと、マジックの秘密が昆虫だったとは。
その限界なき知恵、着目点の素晴らしさに感嘆し、
しばし呆然としたものだ。

ディーラーさんは、ズボンのポケットを
まさぐる動きをした。
そんな動きをする必要はまるでないにもかかわらず。
だが、その動きこそ、マッチ箱のマジックに
命を吹き込んでいると言っても過言ではない。
ポケットをまさぐる動きをわざと見せることによって、
観客にリモート・コントロールだと
信じ込ませてしまうのだ。
その動きこそが、トリックそのものなのである。

翌日も、同じディーラーさんさんが
同じマジックを演じている。
私が見ていると、おいでおいでと手招きをする。
どうやら、私がマッチ箱のマジックを買ったことを
覚えてくれているようだ。
ディーラーさんは、観客の見えない所で
マッチ箱を裏返して見せてくれた。
箱の裏には、意外に大きい黄金虫が足をばたつかせていた。
ディーラーさんはウインクをして、

「どうだ? 分かったかな?
 君の国にはこんな昆虫がいるよね?」

私がアジア人で、ひょっとすると英語も分からず、
マッチ箱のマジックを買ったものの
使い方がわからないのではと案じてくれたのだろうか。
ディーラーさんは穏やかな笑みを浮かべて
説明をしてくれたのだった。

私は、あの空のマッチ箱とともに帰国をした。
だが、未だマッチ箱のマジックは演じていない。
ただ、夏になり、
道に落ちてモゾモゾと動いている黄金虫を見る度に、
あのディーラーさんの笑みを懐かしく思い出す。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2012-09-16-SUN
BACK
戻る