MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ナツタビ・最終章』


早朝、羽田へと向かった。
今回の旅の目的地は、東広島市である。

35年間に渡って全国あちらこちら、
余すところなく廻ってしまったと思っていたが、
東広島市は初めてだ。
狭い日本というものの、
まだまだ行っていない所は多いのかもしれない。

7時50分発の飛行機で広島空港へと飛び立った。
1時間半ほどのフライトで無事に広島空港に到着、
お迎えいただいた車でおよそ30分、
講演会場の東広島市中央生涯学習センターに到着した。

楽屋に入って時計を見れば、まだ午前10時。
講演が始まるのは午後1時半である。
普段ならマジックの準備に時間を費やすのだが、
今回は講演である。
マジックはほんの少しだけで、
準備といえば話の中身の整理、
順序などを頭の中で組み立てるのみである。

ステージを覗いてみると、
講演のテーマが書かれた大きな縦幕が見えた。
今回の講演タイトル、『人はなぜ騙されるのか!?』が
黒く大きな文字で書かれていた。

マジックのタネや仕組みが、詐欺や悪徳商法、
ニセ科学などの手口とまったくのイコールであり、
詐欺などの手口がいかに巧妙であるかを、
マジックのタネを解説することによって
理解してもらうのだ。

誰しも、
「わたしだけは、あんな詐欺に引っかからない」
そう思っている。
ところが、誰も詐欺の手口と同じ仕組みのマジックの
単純なタネを見破ることができないのだ。

観客の誰もがマジックに騙され、
簡単なトリックに引っかかったことを認識する。
結果、自分も意外とうかつであることを知らされるのだ。

小さい頃から、私たちは勉強をしながら育ってきた。
教わるのは常識ばかりである。
それゆえ、常識の裏をかく
マジックのタネを見破れないのだ。
同様に、詐欺の手口など学んだことがなく、
まさに赤子の腕を捻るがごとく引っかかってしまうのだ。

楽屋で弁当をいただいたり、
打ち合わせを重ねるうちに開演の時間がやってきた。
講演の最後に、

「ひとりの脱落者もなく、最後までお付き合い、
 ありがとうございました。
 この、私たちの講演がまったく役に立たないよう
 祈っております。
 『せっかく、詐欺に引っかからない話を
  してもらったんだけど、
  東広島市には詐欺事件が1件も発生しなくてね。
  無駄だったねぇ』
 そう言われることを願っております」

講演が終わり、車で広島空港まで送ってもらった。
車中、担当の方が、

「私らは東京出張は新幹線で行くことが多いですねぇ。
 東広島からこだまで広島、
 そこでのぞみに乗り換えて4時間ですもんねぇ。
 本数も多いので、目的の時間に早くも遅くもなく
 着けますしねぇ」

その時は、ただ、

「へぇ、そうなんですかぁ」

と答えていた。

広島空港に戻り、少しでも早い飛行機に
乗り換えられないかと調べるものの、
夏休み期間中なのでどの機も満席であった。
あらかじめ予定していた機に乗るしかない。
飛行機が飛ぶまで3時間、空港内で時間を費やすのだ。

買い物をしたり軽い食事をしたりして、
やっと搭乗時間がやってきた。
帰りは新しい飛行機で、前方の席はフルフラットになる。
それもなんだか嬉しい。
シートベルトを締め、
やれやれやっと羽田に飛ぶかと思いきや、

「ただいま羽田空港が混雑のため、
 当機は出発を見合わせております。
 少々、お待ちください」

というアナウンスで、いきなり出ばなをくじかれた。

出発の時間をかなり過ぎてやっと滑走路に出たのだが、
今度は恐ろしいアナウンス、

「離陸を予定しておりましたが、
 機長によりますと当機は◯×△□に不具合があり、
 いったんスポットに戻り点検修理を行います」

飛行機の主翼のナントカがカントカと説明が続くのだが、
僕にはさっぱり分からない。
とにかく、すでに遅れている飛行機が、
更に遅れるということは間違いないのだった。

「皆様には、別の飛行機に
 乗り換えていただくことになりました。
 いったん、出発ロビーでお待ちください」

普通なら、もうすでに羽田に着いている時間だ。
だが、文句を言う気力など失せているのか、
皆黙って指示に従う。

30分あまり待ち、別の飛行機に乗り換えた。
今度は飛び立って、羽田に着いたのは午後11時15分。
飛行機を降りてすぐの通路に、
数人のスタッフが封筒を配っていた。
受け取って見ると、縦長の封筒に
4センチほどの透明な窓があり、
樋口一葉さんの顔が見える。

「到着が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。
 交通費などの足しにしていただきたいと思います」

何度も仕事で飛行機に乗っているが、
現金をもらったのは今回が初めてだった。

お金をもらって嬉しいという感情はなく、
ただ広島空港まで送ってくれた担当者の話を
思い出してばかりいた。

「新幹線だと4時間くらいですかねぇ」

講演を終えて新幹線に乗っていれば、
午後9時くらいには東京に戻れたのだろうか。
飛行機も、普通に飛んでさえいれば
午後8時半には羽田着だったのだ。

途中でタクシーに乗り、
長かった今年最後のナツタビを回想した。

予定通り日帰りできたとはいえ、
なんと朝起きてから今まで18時間を費やしたのだった。

広島空港で買った冷凍お好み焼きに触れると、
念のためと多めに入れてもらった保冷剤が
すっかり温まっていた。

ナツタビの終わりを告げるように、
窓からの夜風が涼しかった。

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2012-09-09-SUN
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