MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ナツタビはつづくよ』


R大学、H教授のメールが届いた。

「もうすぐ涼しい北海道が待っています。
 海の宇宙塾、今年も楽しく、
 充実したものにしたいと思います。
 沿岸バスのチケットは
 12番乗り場窓口で『7のA』と告げてください。
 沿岸フェリー窓口では、
 『海の宇宙塾講師』と告げてください。
 割引運賃が適用されます。
 交通費等は立て替えいただき、現地で清算します。
 わたしは先に天売島入りします」

僕は天売島で毎年開催されている
『海の宇宙塾』の講師として、
東京から飛行機、電車、バスを乗り継いで
羽幌フェリー乗り場まで辿り着いたのだった。

同じく講師を務められる
フリージャズ奏者でミジンコ研究家のSさん、
女流落語家のK師匠と一緒の船で
天売島を目指すことになった。

なにせ初めての天売島上陸、
『海の宇宙塾』の講師を務めるのも初めてだ。
ここは、先輩おふたりのお話を聞かねばなるまい。

「天売島に来たら、まずはウニだろうね。
 なんせ、新鮮でうまいのなんのって。
 ナマで、焼いて、とにかくウニ、ウニ」

本当は『海の宇宙塾』の講師としての心構え、
講義の内容などについて伺いたかったのだが、
Sさんのお話は天売島の食べ物のことに集中。

K師匠はこのところの天売島の天候が気になるようで、

「そうねぇ、なんだか寒いくらいだってね。
 夕食は外でバーベキューだから、
 Tシャツじゃぁ寒いかもねぇ。
 前回は、ダウン着てる人もいたわよねぇ」

K師匠が、買ってきたセグロカモメの餌を
船のデッキで撒いている。
それにつられてカモメが飛んでくる。
僕が手にした餌を、
フワリと飛んできてくわえて飛び去った。

1時間ほどで、船は隣の島である焼尻島に立ち寄る。
少しの客を降ろし、いよいよ天売島に向かう。

フェリーが天売島の港に接岸した。
鞄を抱えて細いタラップを降りた。
東京を早朝5時に出ておよそ10時間半、
僕はとうとう天売島に初上陸を果たしたのだ。

札幌でも羽幌でも気付かなかった、
北海道の涼しい空気の中にいきなり飛び込んだのだった。
真夏の陽射しが照り続けているものの、
風は冷たいほどに海を吹き渡ってくる。

民宿の車が迎えに来てくれて、
鞄を積んで今宵の宿に向かう。
ほんの数分で民宿に着いた。
僕は2階の部屋に案内された。
窓から海が見え、真下には
民宿のセキュリティを担うらしい犬がいる。

だが、呼びかけるとシッポを降って
こっちを嬉しそうに見つめている。
どうやら番犬には失格のようだ。

「そうねぇ、島中知り合いだし。
 カギかけることもないしねぇ。
 交番もあるけど、仕事にはなんないねぇ」

夕方になり、

「小石さん、そろそろ夕食です。
 庭先でバーベキューですが、あの、
 もう少し着ないと寒いですよ」

先に来ている江戸家小猫くんが、
冬物のトレーナーの上下姿で言う。
北海道とはいえ、天売島とはいえ、夏は夏だろう。
涼しいとは思うけれど、寒くはないだろうと、
僕はTシャツ、短パンで庭先に出た。

風が冷たかった。
目の前で炭火が燃えているのだが、
背中に吹き付ける風が寒くてならない。
7、8人で火を囲んでいるのだが、
僕以外は皆さん厚着だ。

「浴衣あったでしょ。
 あれを上から着ちゃえばいいのよ。
 そうそう、わたしのカッパもあるわよ」

H教授の教えに従い、僕はTシャツ短パンの上に
浴衣をはおり、更にカッパという出で立ちになった。

ウニがすでに皿に山盛りになっている。
すくって食べればいいように、すでに半分に切られている。
まずは生で、箸でごっそりすくって口に入れる。
海の潮だろう、適度に塩っぱいのだが、
ウニはあくまで濃厚な甘さ。

「焼くとねぇ、また別もんだよ」

まるごと炭火に放り込み、
トゲが焼け落ちた頃に半分に割る。
今度はウニがホロホロとなっている。
粒々になっていながら固まっていて、
全部すくって舌の上に乗っける。
あま粒、粒あま、ほくほく。

長旅とウニ、ビールに酔っ払って、
畳に敷かれた布団に入って熟睡した。

朝、同じ庭先で朝食を食べた。
隣のテーブルで食べているのはR大学のゼミ生で、
彼らが『海の宇宙塾』の運営を担っているのだ。
彼らを見ながら、大学時代の合宿を思い出してしまった。
遠い昔、僕らも半分眠っているような顔をしながら
民宿の朝ごはんを食べたものだ。

午前10時、いよいよ僕の講義が始まった。
初めてとはいえ、僕にできる講義といえば
マジックを教えることだ。

「小石さんのマジックをテレビやネットで見て、
 今回初めて参加する気になった子供もいるわよ」

ありがたいなぁと思いつつ、マジックを見せて、

「さぁ、このマジックに隠されているトリック、
 秘密とは?」

すかさず手が上がり、

「分かります。テレビで見ました」

「はいっ、こないだネットで見ました」

僕はいきなりピンチに陥った。
出し物のネタが次々とバレてしまうマジシャンほど、
辛いものはない。
だが、

「じゃぁ、実際にやってもらいましょう。
 トリックは知ってても、実際に見せる場合には
 色々な技法が必要ですからね。
 マジックって、みんなの目をあざむくのじゃなくて、
 みんなの脳、心を違う方向に誘導しますからね」

学校では絶対に習わないであろう、
人間の錯覚や思い込みを、
マジックの実演を通して解説を試みた。

始めは長いなぁと思った50分の講演も、
始まってみれば
アッという間に終わってしまったような気がする。

あれこれ反省をしようと思っていたのに、

「今朝、僕が潜って獲ってきたウニです。
 これは焼き方があってね、ちょっと焼いてみますね」

地元のイケメン漁師さんが目の前でウニを焼き、
見事に半分に切り分けてお皿に乗せてくれる。

塩気と苦みと甘み、香ばしい香り、ホクホクとした舌触り。
世界の3大珍味、キャビア、フォアグラ、トリュフに
割って入りそうな北海道の美味、珍味。

「ひとり3個までです」

というようなアナウンスがあったような気もするが、
食べていると忘れて何個もお代わりをしてしまった。

最終日がやってきた。
島のてっぺんから見渡す360度のパノラマも、
とうとう見納めだ。

「では、みなさんの感想を書いて提出してください。
 掲示板に貼りますからね」

僕はそっと子供たちに、

「マジックがとってもよかったです」

と書くんですよと頼んでまわった。

帰り際、掲示板を見ると、

『マジックが楽しかったです。
 なぜかというと、
 小石さんがそう書くように言ってたからです』

と書いてあった。

天売島は見る間に小さくなってゆく。
船の作る白波だけが、
いつまでも天売島と繋がっているように続いている。
船の上の真っ青な夏空を、セグロカモメが飛び交っている。
彼らは、いつだって島に舞い戻れるのだ。

翼を持たない、僕のナツタビはまだまだ続きそうだ。

               (つづく)

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2012-09-02-SUN
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