MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夢想』

私はゆえあって
都会に住むマジシャンである。

本当は山奥にひっそりと暮らし、
囲炉裏にあたりつつ
難しいマジックのテクニックを磨く日々を送りたいと
願っている。

しかし、そんな山奥では
マジックの仕事など皆無であろう。
だいたい、観客となる人間が住んでいないかもしれない。

山奥に暮らすマジシャンは、
しょっちゅう姿を見せる猿やイノシシ相手に
マジックを披露するしかないだろう。

「はい、どれでもいいよ。
 トランプを1枚引いて覚えてください。
 それをズバリ、当ててみせましょう」

猿たちはトランプを引く代わりにキキッと引っ掻き、
イノシシはフンフンと鼻を鳴らし、

「オレはトランプじゃなくて、花札が専門だ、
 フンフン」

と言いおいて走り去ってしまう。

様々な事情を抱え、
私は都会暮らしに甘んじている。
都会の、いわゆるマンションというものに住んでいる。
以前のこと、アメリカからやってきたマジシャンを
我がマンションに招待したことがある。

彼は我がマンションの部屋を見るなり、
ウヒヒヒヒと笑い出した。

「ごめんね、アメリカでマンションというと
 大豪邸というか大邸宅というか、
 部屋がいくつもある家を意味するんだよ」

仕方がないではないか。
日本では、どんなに小さい部屋でも
マンションと名が付いている。
それどころか、ワンルーム・マンションだって
普通にあるのだ。
アメリカ人にとっては、

「ワンルームなのにマンション?」

さっぱり理解不能であろう。

我が国では、たとえ4畳半1間の部屋であろうと、
ワンルーム・マンションと名付けられた物件が
あるに違いないのだ。

それどころか、ワンルーム・マンションの部屋の中央に
こたつでもあれば、たちまち、
『セントラル・ヒーティング付き優良マンション』
という貼り紙が不動産屋さんの窓ガラスに貼られたりする。
そんなのはないかもしれないが。

話がそれてしまったが、
私は同じマンションにもう20年近く住み続けている。
残念ながら、マンションには囲炉裏がない。
従って、難しいマジックのテクニックを
ゆっくりと温めて自分のものにできてこなかった。
それゆえ、都会に数えきれないほどいる人、
観客に見せられるマジックがとても少ない。
皮肉なものだ。

20年という歳月が流れ、
マンションの我が家も老化、劣化が目立ち始めた。
そこで、私はついにリフォームを決行することにした。

まずは仮住まいの部屋に引っ越し、
部屋を空けなければならない。
マジシャンの引っ越しは苦労が多い。
なんせ、部屋のあちらこちらに
ごく普通にマジックの道具が置いてあるのだ。

多くは専用の箱に仕舞ったり、
引き出しに入っていたりするのだが、
美女の首に剣を刺す『美女のブスブス』、
頭がぐるぐると回転する『あったま・ぐるぐる』などは
むき出しのまま部屋の片隅を占拠している。
そんなマジシャンの部屋に
見積もりにやってきた引っ越し業者は、
怪しげなマジック道具を見つめながら
何度も見積もりを間違えるのであった。

段ボール箱にマジックの道具を詰め込む。
当然ながら、この作業は
マジシャン自身でしなければならない。
ゴム製のハトやウサギ、出現するステッキ、
ニセモノのハンバーガー、
何本もの金属製のリングなど、
これらは近くで見るとマジックの仕掛け、
タネが見えてしまう。
ゆえに、マジシャン自身の手で丁寧に仕舞うのだ。

『決して見ないでください』と書かれた箱が
何箱も積み上げられる。
20年間、技術が磨かれないまま、
ただ買い集めたマジックの道具ばかりだ。
山奥の小屋に暮らしているのならば、
手に負えない道具はすぐさま、

「ええいっ、こんなマジックは嫌いだ。
 燃えてしまえ」

と囲炉裏にくべてしまえばよい。
だが、都会のマンションではそうもいかない。
だいたい、くべる囲炉裏がない。

私は段ボールの箱に囲まれて、
遠い山小屋の囲炉裏を夢想する。

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2012-05-13-SUN
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