MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『恋だった』

もう何度、繰り返し書き連ねてきたことだろう。
私の師である、初代・引田天功のこと。

思い出すのは、我が師の細かい特徴、クセのことだ。
初代・引田天功先生は、なぜかまばたきがゆっくりだった。
それはもう、まるでスロー・モーションのように
ゆっくりとまぶたが閉じ、
再びゆっくりと開けられるのだった。

天功先生のそっくりな顔の人形を見たことがある。
ステージの瞬間移動マジックに
使うつもりだったのだろうか、
本当に良くできていた。
当時としては画期的なメカが埋め込まれていて、
眼球はもちろん、顔の筋肉も微妙に動くのであった。
その人形の顔も、ゆっくりとまばたきをしていたのだ。
スロー・モーションのように閉じ、
再びゆっくりと開けられて、
立ち会った私たちは思わず苦笑するばかりだった。

当時、天功先生の弟子は4、5人はいただろうか。
彼らは天功先生とは似ても似つかない風貌だったが、
何とも哀しいくらいに似ていたのは、
あのゆっくりとしたまばたきだった。
弟子たちの誰もが、天功先生そっくりに
まばたきを繰り返すのだった。

はたして彼らは意識していたのだろうか、
今となっては分からないままだ。
同じような決めポーズをとって後、
ゆっくりとまばたきをするのだった。
まるでそれがマジックよりも
大切なポイントだとでも言うように。

天功先生は、そんな弟子たちを
どのような思いで見ていたのだろうか。
これまた天功先生から聞いたことがないので
分からないままだ。
まずは、天功先生が何かを
弟子たちに教えるということがなかったのだ。
天功先生はいつも自分のマジックをするだけで、
弟子たちはただ我が師の一挙手一投足を
見つめるだけだったのだ。

弟子たちは、天功先生の緩やかなまばたきの後の
視線の先を追わなければならなかった。
私たちはただ天功先生が何を見ていて、
何を欲しているのかを探るのみだったのだ。
ただ、それは必ずしも苦痛を伴うものではなかった。
私たちは嬉々として、
引田天功というカリスマの放つオーラを追いかけたのだ。

初代・引田天功のマジック本が手元にある。
様々なマジックの解説ページとともに、
写真も数枚掲載されている。
その写真を見ると、
いつも脳裏に浮かべている師の姿と
まるで違うのに驚いてしまう。
『死の水槽大脱出』と銘打たれた
テレビ番組の収録中に撮られたものと推測するのだが、
丸い大きな水中メガネを額に乗せ、
ゴム製で薄緑のスイム・スーツを着ている。
やや、お腹あたりがぷっくりとしている。
初代・引田天功を知らない人が見れば、
アワビでも穫ってきて喜んでいる
人の良さそうなおじさん、くらいにしか思えないだろう。
カリスマ性もオーラも、
この写真からは一切感じられないのだ。

それでも、本を閉じれば頭の中にちゃんと
カリスマになって強烈なオーラを発している
天功先生が蘇ってくる。
思い起こせば、パジャマ姿の天功先生も見ている。
起きたばかりの、寝癖のついた頭で
大あくびをする天功先生だって何度も見た。
それでも、心の中の天功先生はカッコいいままだ。

弟子たちは天功先生と同じマジックをし、
同じ決めポーズをする。
そして、あの長いまばたきをする。
ゆっくりと目を開け、微笑みを浮かべて
客席を流し見るのだった。
彼らは天功先生との同化、完全一致を目指していた。

私も長いまばたきを練習し、
目を開けた後の流し目も練習してみた。
ダメもいいとこだった。
似ても似つかないので、つい笑ってしまうほどだ。

それでも、天功先生の表情を追うのを止めなかった。
「あぁ、まばたきをしたぞ。
 このまばたき、今日はいつもより長いみたいだ。
 きっと、天功先生は機嫌がいいんだな」
などと推測しながら。

私は、恋をしていたのだと思う。
天功先生が気になって気になって仕方なかったのだ。
何を思い、何を望んでいるのか、
知りたくてならなかったのだ。
似合わない服を着ていても、髪がボサボサでもよかった。
あの長いまばたきをして、ゆっくりと目を開け、
私たちを見る。
私は、あの長いまばたきに恋をしていたのだ。

初代・引田天功は遠い昔にまぶたを閉じ、
再び目を開けて好ましい笑みを浮かべて
私たちを見ることはない。
ただ、あの長いまばたきは今でも
残された弟子たちのどこかに封印されて残っていると、
私は信じている。

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2012-04-01-SUN
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