MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『私だけの素晴らしいマジック・ショー』

2月の寒い朝、
私は東京駅を8時ちょうどに出発する新幹線で
名古屋に向かった。

今回は『ひとり-ぐるぐるツアー』という、
私だけの単独マジック・ツアーなのだ。

携行する荷物は、頭が360度ぐるぐる回ってしまう
驚異のイリュージョン『あったま・ぐるぐる』と、
長らく愛用している『どこでもマジック鞄』である。

鞄には『木の棒に出現する希望のハト』、
『時価6千円相当の瞬間ステッキ』、
『始めから曲がっているスプーン』、
『伸び伸びスプーン』、『がんばらないロープ』、
『無重量ペットボトル』、
『失敗できない縁結びハンカチ』、
『あんまんを食べる男に起きた奇跡』、
『中国は広島で製造されたチャイナ・リング』などが
入っている。

鞄を開けて上から見ると、まるで幕の内弁当のように
マジック道具が詰め込まれている。
もし職務質問などを受けて中を見せようものなら、
これほど怪しい鞄もなかろうと思う。
だが、不思議なことに、飛行機に搭乗する際の
鞄のエックス線検査も、何の問題もなく通過するのだ。
丸い金属の輪、曲がっているスプーン、
長い金属製のバネがくっきりと
浮かび上がって見えているにもかかわらず、
一切の質問もない。
エックス線で見る『あったま・ぐるぐる』は、
怪しいを通り越してもはやアート作品、
オブジェのようにさえ思える。
それなのに、
「これは何ですか?」
という質問もなく、検査員の方々は
無言で通過させてくれるのだ。

この鞄に入っているマジックで
1時間くらいのショーは可能である。
今日の持ち時間は30分ほど、
道具は充分過ぎるほどだ。
ステージに出て、その場に合いそうなものを選びながら
マジックを進行させれば良い。

今日のパーティの主催者は、
業界ではつとに著名な実業家であり、
大手企業の名誉会長さんである。
その名誉会長から直々に、
「あの、頭をぐるぐる回すマジシャンを、
 パーティのゲストに呼びなさい」
そうご指名いただいたのだ。
皆さんに喜んでいただける、
私だけの素晴らしいマジック・ショーにせねばならない。

あれこれ思案しているうちに、新幹線は名古屋駅に着いた。
タクシーに乗り、ホテルへと向かった。
ホテルに着くとロビーに大きなカンバンがあり、
『◯◯株式会社祝賀パーティ』と書かれていた。
パーティの担当者が待機していて、
すぐさま2階の控え室に案内された。
2階の廊下に、耳にイヤホンを入れた
SPらしき男性が数人いて物々しい。

なぜ私のためにこのような警護態勢を? といぶかったが、
「本日はですねぇ、□□大臣が
 お隣の控え室を使用されておりまして」
そういうことだったのかと安堵するも、
はたしてこの警備の方々の前を
『あったま・ぐるぐる』をかぶりながら
通過していいものだろうかと案じる。

さて、いよいよ出番の時間がやってきた。
私は『あったま・ぐるぐる』と
『どこでもマジック鞄』を持って廊下に出た。
SPの姿はとうになく、誰にもじゃまされることなく
パーティ会場へと向かった。

「さぁ、本日は素晴らしいマジシャンを
 お迎えしております。
 それでは、ぐるぐる小石様、よろしくお願いします!」
いよいよ、私だけのショーが始まった。
まずは、軽く面白いマジックを続けてご機嫌を伺う。
途中で、トリックを推測してもらう
マジック・クイズを挟み、
観客を交えてマジックを教えたりした。

さぁいよいよ、この辺で不思議なマジックを見せて
観客を驚かせなければならない。
そのターゲットは、当然ながら名誉会長であろう。
私は名誉会長を見すえ、

「さぁ、名誉会長、何でもいいです。
 お好きなトランプ、カードを1枚、
 おっしゃってください」

名誉会長が選ぶカードを、
私は見事にピタリと当てることができてしまうのだ。
そのあまりの不思議さに、
会場はどよめきに包まれるに違いない。

ところが、なぜか名誉会長は
好きなカードを答えることなく、
ステージの私のもとにやってきた。
そして私のマイクを奪うと、

「あのねぇ皆さん、私はこの男が好きでねぇ。
 なんかねぇ、
 この男を見るとホッとするんですわ、うわっはっは。
 それでねぇ、私が初めてこの男に会ったのはねぇ・・・」

名誉会長はご機嫌な様子で語り続けるのであった。
私は当惑しつつも、

「あの、名誉会長、お好きなトランプをですねぇ、
 それを当てるんですよ」

と言うのだが、

「うわっはっはっは、
 さっきの、ホレ、あのハト、あれはゴムでね、
 生きとらんのですよ。
 だから、おとなしく木に止まっとるんですわ。
 前に見て、知っとるんですよ。
 あぁ、タネ明かししたらいかんかな、うわっはっは」

私は苦笑いを浮かべながら、背中に汗をかき始めていた。

「おぉ、そうじゃ。
 社長、例の物を持って来てくれんか」

呼ばれた社長さんが大きな紙袋を持って
ステージに上がってきた。
よせばいいのに、音響の担当者がマイクを持ってきて
社長に渡したではないか。

「いやいや名誉会長、社長の私はこの男を呼んでません。
 誰だぁ、この男を呼んだのは。
 なに、名誉会長が?
 じゃぁ、仕方ないか、うわっはっは」

「社長、ホレホレ、例のあの、
 我が社の商品の詰め合わせを」

「名誉会長、そんなもの、用意してません、
 うわっはっは。
 なんちゃって、ちゃんと用意してありますよ。
 私のやることに間違いなし、仕事以外は。
 うわっはっは」

「おぉ、そうじゃ。
 カメラ、記念に写真を撮らな。
 おい、3人をホレ・・・」

ひとしきり3人での撮影が続き、
ついにはテーブルに座っていた人々も
ステージ前に集まって、
私のマジック・ショーは
いつしか写真撮影会と変化していき、

「ぐるぐる小石さま、
 本日は素晴らしいマジック・ショーを
 ありがとうございました」

女性の司会者が満面の笑顔で、
このとりとめのないショーを
無理矢理締めくくったのであった。

「どうもお疲れさまでした」

控え室に、担当者が鞄を持ってきてくれた。
開けると、鞄の左隅にとうとう出番のなかった
『魔法のトランプ』が残っていた。

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2012-02-19-SUN
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