MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『マジシャンはあきらめない』

誰かが言っていた。

「手を替え品を替え、
 人々の視線や意識を誤った方向に誘導する。
 それで手品というのです」

マジシャンは宣言する。

「さぁ、何もないこのハンカチの中からハトを出します」

観客は、マジシャンの手にあるハンカチを凝視する。
すると、ハンカチの中から
ハトの形をした洋菓子が出てきた。

「ほらぁ、ハトですよ〜。
 しかもこのハト、食べられるんですよ〜、ははは」

観客は笑いながらも心の中のどこかで、

「本物の白いハトが出てくるかも、なんてね、
 一瞬期待しちゃった」

と、その空気を察知したマジシャンは再び、

「今度こそ、皆さんがアッと驚くマジックです。
 なんと、ハンカチから花を出してみせましょう。
 ただ花が出てくるのではなく、小さな芽が出て、
 葉が茂り、ついには花が咲くのです。
 まさに、自然界の営みが
 このステージで再現されるのです」

マジシャンは真ん中に穴の開いたハンカチを示し、
その穴から観客を覗き見る。

「ほら、ハンカチから今、目(芽)が出ました」

続いてハンカチの穴を口元に持っていって、

「次に歯(葉)がこんなに出てきました」

更にハンカチの穴を鼻の部分に持っていき、

「とうとう鼻(花)が咲きました、はははは」

マジシャンの一挙手一投足を見つめていた観客は、

「ファンタジー映画のワン・シーンのように、
 小さな芽が出て葉が茂って、
 ついに美しい花が咲くかもって、
 ついつい思っちゃった。
 そんなわけ、ないよね」

マジシャンは決してめげたりしない。

「皆さん、ガッカリしてはいけません。
 今度は、あの猛獣が出てくるのです。
 百獣の王、ライオンです」

そう宣言するや、大きな布を広げる。

「ワン、ツー、スリー」

布の中から出てきたのは、歯ブラシと歯磨きチューブ。
マジシャンの手にした布が、
本当にライオンを隠せそうに大きかったので、
観客は、

「えぇっ、まさか本物のライオン? えぇっ」

恐怖感すら覚えたのだった。
だが、その結果は歯ブラシと歯磨きチューブ。
観客はとうとう、これからはもう絶対に
期待しないでいようと固く決意するが、

「いよいよ最後ですよ。さぁ皆さん、象が出現します」

というマジシャンの言葉に、再び惑ってしまう。
マジシャンは段ボール箱の中から電気ポット、
炊飯ジャーを出し・・・。

確かに、観客は手を替えられるとそこを見つめ、
品を替えられて意識を誤った方向に
集中させてしまうものらしい。
ただし、これはあくまでもコメディ・マジックという、
ひとつのエンターテインメントに対する観客の反響である。
ある国の政治状況、国民の反応を揶揄しているわけでは
決してない。

テレビにチンパンジーが映っている。
彼はモニターに数秒だけ映った数字の位置を覚えていて、
1から順番に2、3、4・・・と正確に指を指していく。
再び適当に並んだ数字がほんの一瞬映し出され、
その度に間違いなく指していき、ご褒美のおやつをもらう。

人間にも、幼少の頃にその能力はあるらしい。
ところが、成長するにつれて失ってしまう。

チンパンジーには、過去も未来もないのだという。
彼らにはただ今、現在しかないらしい。
それゆえ目の前のこと、今起きていることに対処する
能力に長けているのだ。

そうなると案外、人間は今現在、
目の前のことには疎い動物なのだ。
その代わり、過去を振り返ることで
今に生きるヒントを探り、
未来を予測し試行錯誤することで
カバーしているのかもしれない。
未来に希望を託すのは人間だけなのだ。

マジシャンが再びステージに現れた。

「さぁ、これまでのこと、過去は忘れてください。
 今を思い悩むのも無意味です。
 皆さんはただ、未来を想うのです。
 そうすれば、希望が出てくるのです」

マジシャンは袋から長く伸びた木の棒を出し、

「ほら、木の棒、きぼう、」

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2012-02-05-SUN
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