MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『桜巻きは How much ?』

お寿司屋さんに入った。
食いしん坊で味にうるさい友人と一緒なので、
皿が回っていないお寿司屋さんである。

「小石はさぁ、
 日本のあちこちに行って
 旨いものを食べてるんだろうなぁ」

友人は完全に誤解しているようだ。
確かに、日本のあちこちに行ってはいる。
だが、食事となると
ホテルの控え室で
代わり映えのしない弁当をいただくことが多いのだ。
それはそれで旨かったりすることもあるのだが、
舌を肥えさせる美食などでは決してない。

友人は私を美食家、グルメと勘違いしている。
回っているお寿司屋さんに入ったりすると、
何を言い出すか分からない。
しょうがない、今日は気張ってみるとするか。
私は大通りのひとつ裏側の、
細い路地にあるお寿司屋さんを目指した。
以前、敬愛する先輩に連れてきてもらったお寿司屋さんだ。

「おいおい、良さそうな店だなぁ」

友人も気に入ってくれたようだ。
この店のご主人は気さくな方で、
握った魚の種類や特徴を易しく丁寧に教えてくれる。

「生臭いのでね、少しの間、生姜を入れた酒に浸けて。
 そうすると、味も濃くなって一石二鳥なんですよ。
 魚なんで、一石二魚かもしれませんがね」

子供の頃、河原の大きな石で魚を捕ったことを思い出す。
大きな石を持って川に入り、
魚が隠れていそうな石の上に落とすのだ。
すると、魚が脳しんとうを起こしたように
プカリと浮かんでくる。
時には2、3匹浮かび上がってきて、
そいつを川岸の石で囲って作った生け簀に入れる。
しばらくすると、魚たちは眠りから覚めたように泳ぎ出す。
田舎の、名もないような小さな川。
それでも、一日中遊んでいても飽きない懐かしい故郷の川。

「何か、握りますか?」

いかんいかん、私はすっかり物思いに耽っていた。

「そうですねぇ、
 あの、桜巻きっていうのをお願いします」

ご主人は白木に書かれた筆文字をチラリと見て、

「はい、承知しました」

しばし後、ご主人が巻物を差し出して、

「お待たせしました。
 桜はまだこの時期、
 咲いてなかったんで、
 梅にしときました」

なんと、白木に書かれていたのは桜巻きではなくて、
梅巻きだったのだ。
くずした筆文字で書かれていたので、
私は誤って桜巻きと読んでしまい、
更に堂々と声に出して注文してしまった。
だが、心優しいご主人は私の間違いを正そうとはせず、
何事もなかったように梅巻きを出してくれたのだ。

「おいおい、小石よぉ。
 お前、あれを桜巻きって読んだのかぁ、ははは。
 それでさぁ、桜巻きって、
 どんな寿司だと思ったの?
 サクランボが入ってるとか? 
 それとも、馬肉かなんかが入ってるとか?」

心優しくない友人は、
まるで人の鼻にワサビを塗り込むようなことを言う。
私は心の中で固く決意していた。

「今日は割り勘にしよう」

フランスのパリで開催されたマジック大会に参加した。
そこで出会ったフランス人マジシャンと親しくなった。
会話は互いにブロークンな英語のみだ。
それでも、なぜか気持ちが通じ合って
大会の初日から仲良くなった。

ある日、彼がよく行くという店に連れて行ってもらった。
小さなビストロで、ハンサムな男性が
大きなデキャンターに入ったワインを
テーブルの上にドンと置いて行く。
それを自分たちでグラスに注いでグビグビと飲む。
私がフランス料理に抱いていたイメージ、
堅苦しさなどどこにもない店だった。

彼の妹も一緒だった。
彼女は兄のアシスタントを務めていて、
ステージでは半分に切られたり
細い棒の上に浮かされたりしている。
とても華奢で、赤いワンピースがよく似合っている。
彼女とも、ブロークンな英語で話し合う。
ワインで酔っ払ってくると、
いつもは恥ずかしく思う我がブロークンな英語も
気にならなくなってくる。
彼らも同様らしく、
なんとか知っている限りの英語を繋ぎ合わせて
話しかけてくる。
彼女が少し酔った顔になって聞いてきた。

「How much ?」

もちろん、

「How old are you ?」

と聞いているのだが、
ワインの酔いもあって間違えている。
私は少し困ったが、

「Very cheap !」

と答えた。
彼女はフフフ、フフフと笑い続けた。
私は彼女の可愛い笑い声を聞きながら、

「本当に、俺って、いくらなんだろう?」

すっかり酔った頭で考えていた。

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2012-01-29-SUN
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