MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『晩秋の空の下』

秋も深まる日の朝、私は羽田へと向かった。
今回は羽田から徳島へと向かう旅である。
ありがたいことに、徳島で開催される
『東京名人会』と銘打った寄席公演のメンバーに
我々も加えられたのだ。
他の出演者は春風亭昇太師匠の弟子である昇也くん、
落語会のサラブレッドと称される林家木久蔵師匠、
四代目江戸家猫八先生、江戸曲ごまの三増れ紋ちゃん、
トリはご存知春風亭昇太師匠である。

何度も同じメンバーで公演ツアーをしていて、
気のおけない仲良しばかりだ。
この寄席公演を企画している社長さん曰く、

「いやぁ、面倒だから同じメンバーにしてるんだよ。
 はっはっは」

と、いつもの軽口である。

今回の最年長者は、江戸家猫八先生である。
いちばん若いのは昇也くんで、
定かではないがまだ20代だろう。
演芸界以外の人にはどう感じられるか分からないが、
我々にしてみれば
平均年齢が相当に若いメンバー構成なのだ。

私は、時が過ぎているとしみじみ思う。
以前は大師匠や大御所の皆さんと
ご一緒のことがほとんどで、平均年齢が高かったのだ。
それゆえ、羽田に集合していても、

「ねぇ、あの師匠は無事に羽田に来るかねぇ。
 この先生もつい先日退院したばかり、来るかなぁ」

などと冗談めいて心配したりしたものだ。
やがて無事に大師匠たちが到着されて、
椅子にじっと座って出発を待つ。
現地に着いて楽屋に入れば、
再び椅子にじっと座って出番を待つのみだった。

今回の我がメンバーたちは若い。
羽田に着いても椅子に座ってなどいない。
あちこち歩き回ったり立ち話をしたりして出発を待つ。
現地に着けば、

「ねぇ、ここにはお城があったよねぇ。
 野球で有名な高校もすぐだって聞いたよ。
 ちょっと行って見てくるよ」

落ち着きのない人々とも言えるのだが、
高座以外でも明るく活発なメンバーなのだ。
社長さんも嬉しそうに、

「私がいちばん年寄りになっちゃったよ。
 だから、
 私は私のことだけを心配してりゃぁいいんだから
 楽だよ、はっはっは」

そう言ったかと思うと、
楽屋のソファーでぐっすりとお休みになっている。
引率の社長さんが楽屋で熟睡できるという、
我が業界では実に珍しい安心安全優良メンバーなのである。

飛行機は無事に徳島阿波おどり空港に着いた。
空港からはマイクロバスで小松島市に向かう。

「途中でお昼ごはん食べましょう。
 皆さん、何がいいですか」

皆、自由で気ままとはいえ、
年長者の意見は大切にする人々だ。

「猫八先生、先生は何にまっしぐらでございますか?」

すると、猫八先生宣わく、

「四国っていうと、うどんと思うでしょ。
 でもねぇ、意外と蕎麦も美味いんですよ」

鶴の一声ならぬ猫の一鳴きで蕎麦屋さんに決定した。

皆であれこれを注文、私は温かいとろろ蕎麦を頼んだ。
関東風の汁ではなく、出汁のきいた透明な汁なので、
白いとろろが白いままでふわりと浮かんでいる。
蕎麦の風味が口に広がり、
とろろが喉をゆっくりと滑りおちて実に美味い。

ふと猫八先生を見ると、
なんとざるうどんをつるつると
啜っていらっしゃるではないか。

「やっぱりさ、四国だからさ、うどんだよ」

猫の目のように気まぐれ?
いやいや、猫八先生のこの外しが絶妙で、
蕎麦屋の皆さんも巻き込む大爆笑となった。

マイクロバスは公演会場のミリカホールに到着した。
楽屋に、竹輪があった。
小松島の名物で、
普通の竹輪の穴の部分に細い竹が刺してあり、
竹輪の前後から1センチくらいはみ出している。

「ここを持ってですね、食べてください」

皆、うまい美味いと竹輪を食べた。

「竹竹輪、たけちくわっていうそうだよ。
 オレはまた、ちくちくわ、かと思っちゃったよ」

と、誰かが言い、

「みんなで竹輪を食べて、竹馬の友」

と、誰かが応える。

公演は賑やかに進行、
昇太師匠の高座をもってお開きとなった。

「いやいや、いつもながら面白いよねぇ」

社長さんの心底嬉しそうなつぶやきを聞きつつ、
我々は再びマイクロバスに乗った。

晩秋の空の下、我々の旅はまだ始まったばかりだ。

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2011-11-20-SUN
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