MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

子供の頃のこと、仏間に大きなトンボが入ってきた。

めっきり涼しくなった風に乗って、
部屋の中をふわりと旋回して青い花瓶に止まった。
近づいて見ようとすると、

「親戚のおじさんが帰ってきたんだよ」

母の声が聞こえた。

私は動きを止めて、大きなトンボを見つめた。
あの、優しい笑みを浮かべていたおじさんは、
トンボになって家に戻ってきたのか。
トンボは止まったまま、何かを考えているかのように
目だけを動かしていた。

どれほどの時間が過ぎただろうか。
トンボは再びふわりと浮き上がって、
高い空へと飛んで行った。

『ウマレカワレルモノナラバ』

まずは、再び人間に生まれ変わりたいと思う。
でも、どのような人間に生まれ変われれば良いのだろう。
人間は、なかなかに分らないものだ。
幸福の絶頂にいるように見えても、
心の奥深くに闇を抱えている人もいる。
外見は冴えなくてしょぼくれていても、
心の中で終わることのない輝かしい花火を
打ち上げている人もいる。
人間は本当に分からない。

私の唯一の趣味は散歩だ。
朝と夕方に、特に散歩したくなる。
それゆえ、犬に生まれ変わるのが良いかもしれない。
犬好きの人に可愛がられるし、手厚く面倒をみてもらえる。
それなのに、特にはお返しを要求されない。
でもなぁ、リードに繋がれっぱなしなのはちょっと困る。
散歩していて気分が良くなるのは、
何といっても自由気ままであるからなのだ。
犬は草むらに鼻を突っ込みたいのに、
グイとリードを引っ張られて道を急がされる。
それに、飼ってくれる人を選べないのも困る。
臭いに敏感だから、不衛生な家も嫌だ。
その場合は、リードを噛み切って家出しなければならない。
自由ではあるが、お腹を空かせた野良犬に
なってしまうのだ。
犬も、様々に悩んでいるのかもしれない。

猫ならば、良いかもしれない。
なんせ『猫可愛がり』という表現まであるくらいに、
溺愛される。
自由気ままで、一日中眠っていても怒られることはない。
部屋のいちばん快適なところで、
長々と寝そべっていればいいのだ。
でもなぁ、あの臆病なのが少し哀しい。
親戚の家に遊びに行った時のこと、飼われていた猫は
早々にどこかへ隠れてしまった。
しかし、おばさんは猫好きな私のために
猫を捕まえて部屋に持ってきてくれた。
扉はすべて閉じられて、6畳間に私と猫だけになった。
猫は部屋の対角線の向こう側でじっとしていた。
私が動くと猫も動いて、
とにかく長い間隔を保とうとするのだった。
そのくせ、おばさんがくれたマタタビを
手のひらに山盛りにした途端、
猫はスタスタと近づいて舐め始めた。
私の膝に体をすり寄せ、
「愛しています。もう、どうにかしてください」
とでも言うように、目を細めて喉を鳴らすのだった。
「お前は薬物中毒か」
私は心の中でツッコミを入れた。
猫も、なかなかに問題ありだ。

蜂やアリに生まれ変わるのも良いかもしれない。
蜂やアリには、働き蜂、働きアリなどという存在もあって、
ひとつの社会を構成している生き物なのだ。
人間から生まれ変わっても、
彼らの社会にすんなりと溶け込めるような気がする。
働き蜂、働きアリといっても、
それほど過酷な労働条件ではないと聞く。
サボってばかりの働き蜂、働きアリもいるというのだ。
それでいて、時々知恵を働かせて
新規のルートを開拓するそうだ。
やりがいがありそうではないか。
ただ、彼らには多くの敵が存在する。
子供の頃、流行った遊びがある。
細いクレヨンくらいの火薬で、
マッチ箱で擦るとシューッと火が点く。
すぐには爆発せず、7秒くらい後に破裂するのだ。
静かに蜂の巣に近づき、火薬に点火し巣に投げ入れる。
急いで逃げて振り向くと、
ボンという音がして蜂の巣は大打撃を受けるのだった。
今は大いに殺生を反省しているのだが、
子供の頃はあまりに刺激的で止められない遊びであった。
蜂もアリも、時に人間様の駆除の対象なのだ。

昔から、キリギリスにシンパシーを感じていた。
そりゃぁ、童話の中のキリギリスの末期は
悲惨かもしれない。
だけど、生きている間はシアワセであろう。
なんせ、音楽を奏でてたくさんの生物を楽しませ、
自身も楽しく一生を謳歌するのだ。
ただ、寿命がそう長くないのが難点だ。
キリギリスは、冬を越せないのだ。

やはり、人間に生まれ変わるのがいちばんのようだ。
生まれ変われるものならば、
テレビで頭をクルクルと回すマジックを
飽きもせず続けているマジシャンを見て、
「へぇ〜、この人、まだやってるんだぁ、ふふふ」
などとつぶやきながら、
ビールを飲むおじさんになりたいものだ。

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2011-09-11-SUN
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