MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ご近所グルメ』


昼どき、近所の店はどこも混んでいる。
それゆえ、ちょっと遅い時間になってから出かけるのだ。
さて、今日のランチは何にしようか。
歩いて数分のところに和洋中、時に無国籍、
たくさんの店がある。

夏の暑い時期は、駅向こうにある
蕎麦屋さんに行くことが多くなる。

以前は、暑い時期でも温かいうどんが好きだった。
エアコンの効いた店で、
湯気がたつ熱々の天ぷらうどんをすする。
海老の天ぷらの、ゴマ油が汁に浮いたところは
更に熱々なのだが、香りがなんともいえず旨いのだ。
「う〜ん、たまらんなぁ」
などと小さくつぶやき、ちょっと固めに茹でられた
太いうどんをすする。
海老の天ぷらをひとかじりする。
汁の沁みた衣のところがとろりと舌の上で溶け、
海老の身の甘さと混じり合う。
濃厚な醤油味に天ぷらの油と香りが溶け込んだ汁は、
ゴクリと飲み込んだ喉から胃まで、
旨さが続いて恍惚となる。
うどんをフーフー、汁をゴクリ、海老の天ぷらをガブリ。

圧倒的に温かいうどん派であった私であるが、
ここ数年は冷たい蕎麦派になっている。
これは、蕎麦とカレーが大好きな友人の
M氏の影響によるものだ。

M氏と飲みながら、私は宣言する。

「ねぇ、今日の貴方のランチを当ててみせようか。
 たぶん、今日は蕎麦だな」

「当たりです。でも、僕のランチは蕎麦が50%、
 カレーが50%、どちらか言えば当たりますよ」

そんな友人が語る蕎麦の味わいに感化されて、
あちこちの蕎麦を食べ歩くようになったのだ。

以前のこと、一緒に食べた蕎麦が物足りなかったようで、

「う〜ん、この蕎麦は打ちたて、茹でたて、伸びたて」

私は、これ以上の見事な表現を聞いたことがない。

私も、昼時になると蕎麦屋さんを探すようになった。
すると、なんと住んでいる街の最寄り駅の近くに、
美味しい蕎麦屋さんがあったではないか。

15人も入れば満員の、小さな蕎麦屋さんだ。
ここで頼むのは、いつも天せいろだ。

「はい、カウンター3番さん、小天せいで〜す」

ランチ時だけのサービスで、
4種類ほどの天ぷらが付いたせいろである。

夜には、普通の天せいろを頼む。
海老、キノコ、季節の野菜などの天ぷらが、
これまた旨いのだ。
特に、ネギの天ぷらが旨い。
ネギの一方に切れ目を入れ、それをタコの足のように
広げて揚げたものだ。
他では食べられない、私の大好物である。
甘くない蕎麦汁に蕎麦をつけてすすると、
体が急に涼しくなったような気がする。

二日酔いの日には、おろし蕎麦が良い。
ちょっと太めに切られた冷たい蕎麦に、
厚削りの鰹節がのっている。
たっぷりのおろしに汁をかけ、
蕎麦を浸しては口に入れる。
たちまち蕎麦の甘い香りが口に広がり、
さっきまでぐったりしていた胃袋が急に元気になる。

カレーも良い。
歩いて5、6分、商店街の真ん中ほどにカレー店がある。
ここは、新潟から直送してもらっているというお米が旨い。

「水加減は適当でもちょうど良く炊ける、
 不思議なお米なんですよ」

そう言う店主に頼み込んで、
私もこの店のお米を分けてもらっている。

夏は野菜カレーだろう。
夏野菜は素揚げされていて、
辛めのカレーとともに口に放り込む。
カレーの辛さ、苦み、酸味に、
夏野菜の強い香りが加わる。
それぞれにとんがった味を、
米粒たちが舌の上で丸くしてくれる。
暑い日の昼時になると、いつもこの店のカレーを想う。

雑用などで、ランチ時を外してしまうことがある。
たいていの店は午後の休憩に入っていることだろう。
そんな時には、商店街の出口近くにある
スパゲティの店に行く。
いつも昼時には行列ができていて、
午後の遅くになってやっとゆったりと食べられる
人気店なのだ。

私が頼むのは、アサリとニンニクのエキスが
たまらなく旨いパスタで、炒めた椎茸、シメジとともに
キムチと納豆がトッピングされている。
納豆はペースト状になるまで溶き砕かれ、
パスタのゆで汁で伸ばされている。
この納豆のペーストとキムチが絡み合うと、
パスタの味はなんとも言えない味わいとなる。
納豆好きの私は一口目から恍惚となり、
最後はお皿に残ったわずかなスープに
ドライバジルを加え、一気にすくって食べる。

たまには他のメニューも食べてみようかなとも思う。
しかし、あの渾然とした旨さが
私の浮気心を完全に封じてしまうのだ。

「いつもの、ですか?」

店主の問いに私はこくりと頷き、
早くもあの恍惚の味を舌に思い浮かべている。

たまに、肉を食べたくなる。それも、ステーキ。
そうなれば、商店街の入り口近くのレストランに向かう。

「ステーキの150g、お願いします」

待つことしばし、良い焼き加減の肉が
熱い鉄板に乗ってやってくる。
ナイフで切り、おろし醤油ソースに浸けて噛みつく。
適度な弾力の肉、たっぷりの肉汁は
おろし醤油ソースに合わないはずがないではないか。
旨い、旨いなぁと味わいながら、
「やっぱり、菜食主義者にはなれないなぁ」
と、思う。

『体は、食べているものでできている』
と聞いたことがある。
ならば、私の体は蕎麦と天ぷらとカレーとご飯、
パスタと納豆とステーキでできているのだろう。

何を食べようか迷ったら、私は玩具のルーレットを回す。
周囲の溝にはカレー、蕎麦、パスタ、ステーキなどと書いた
紙が貼ってある。

小さな金属球を投げ入れると、カラカラと回って
ひとつの溝に落ちる。
「ははぁ〜ん、今日はやっぱり◯◯かぁ」
ひとり合点するのだ。

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2011-07-31-SUN
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