MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ツナミ缶詰でござい〜』


下北沢に、不思議なカフェがある。

茶沢通りに面したそのカフェには、
なぜか事務用機器メーカーの椅子があったり、
珍しいスパイスが並んでいたりする。

また、東日本大震災で被災した
味噌メーカーの商品が棚に並んでもいる。

窓際のテーブルには、サバ味噌煮、さんま醤油、
イワシ煮、エンガワ、サケの中骨など、
やはり被災した缶詰が積まれている。

そんな一風変わった店内で、
お笑いライブや芝居をやってたりもする。
お酒も提供しつつ、夜までゆるゆると営業している。
「あの、ここって何の店なの?」
通りがかる人に尋ねられても、
店主から明確な答えを聞けそうもない、
実に多様な顔を持つカフェなのだ。

ある日の午後、僕は歩いてこの店に向かった。
いつもはビールやワインを飲んだりするのだが、
今日は店頭で缶詰を売るのである。

テーブルに積まれた缶詰は石巻で津波の被害を受け、
流されてガレキに埋まってしまったものを、
友人たちが掘り起こして東京に持ってきたものだ。

いつもは店内に置いてあって、
おつまみとして提供されているのだが、
それほど数多く売れているわけではない。

この缶詰の美味しさに
すっかり惚れてしまった僕は、
休みの日の数時間、カフェの店頭に缶詰を並べ、
ひとり臨時即売会を開催しているのだ。

販売といっても、実は売っているわけではない。
缶詰はどれもガレキの下で汚泥に埋もれていて、
それをひとつひとつきれいに洗ったものだ。

ラベルは剥がれてしまっているが、
かすかに残った印字を頼りに中身を確かめ、
フェルトペンで手書きしている。
それゆえ販売はできないので、
義援金をいただいた方々に
お礼として缶詰を渡しているのだ。

当然ながら、ラベルがなくてもへこみがあっても
中身に問題はまったくない。
義援金も集められるし、美味しい缶詰を
多くの皆さんに味わってもらえる。
実に有効でありがたい一石二鳥作戦なのだ。

僕はプロマジシャンになる前、
電化製品のセールスマンをやっている時期があった。
主に都内の家々を廻り、ドアのチャイムを鳴らしては、
「こんにちは! ◯◯セールスの者です」
チャイムを鳴らすのだが、
100軒廻ってもドアすら開けてもらえない。
開けてもらっても、
「なんだ、お前は。具合悪くて寝てんだよ」
「お前みたいなセールスに、
 以前ひどい目にあったんだぞ!」
などと、思い切り叱られたことも多い。

結局、成果はゼロのまま会社に戻り、部長に叱られる。
思い出すのは叱られたことばかりだ。

だが、今は缶詰の店頭販売員である。
「美味しかったですよ」
とほめられはしても、
「寝てるんだよ!」
「缶詰を買って家で開けたら、空だったぞ!」
などと怒られることもない。
ましてや、うるさい部長さんもいないのだ。

『唐茄子屋政談』という落語がある。
夜遊びが過ぎて実家から勘当された若旦那が、
おじさんの家に転がり込む。
おじさんに唐茄子、かぼちゃ売りを命じられた若旦那は
渋々天秤棒を担いで売りに出る。
しかし、まるで売れやしない。
あげくに転んでかぼちゃを道にぶちまける始末。
通りがかった気のいい男に手伝ってもらい、やっとのことで
2、3個を残して売り切ってしまう。
ところが、若旦那はその後に立ち寄った長屋の
困窮した親子に同情し、せっかくの売上金を
全部あげてしまう。
店に戻ると、初めは怒ったおじさんだったが、
事情を聞いて
「お前は善いことをしたなぁ」
若旦那はおじさんおばさんに支えられほめられながら
一人前の商人となり、勘当が解けるという、
面白くも感動的なお噺である。

若旦那が売り声の稽古をする。
「そうだよ、黙ってたから売れないんだよ。
 えぇ〜、唐茄子。
 唐茄子ですぅ、唐茄子でございます。
 なんか違うなぁ。
 えぇ〜、唐茄子でござい〜。これがいいかぁ」

そんなシーンを思い出しつつ、僕も売り声を出してみる。

「えぇ〜、缶詰を販売してますよ〜。
 あの石巻で津波に流された缶詰を拾ってきましたよ〜。
 ツナ缶じゃなくて、
 ツナミ缶でござい〜」

店の前の道は、すれ違うのがやっとの道幅ながら、
いつもたくさんの車が行き過ぎる。
車は多いのに、自転車や歩行者はとても少ない。
しかも、今日はあいにくの雨。
道行く人はまばらだった。
それでも、通りがかる人に声をかける。

「こんにちは。缶詰〜、ツナミ缶詰でござい〜」

皆、チラリとこちらを見てくれるのだが、
立ち止まってくれる人はいない。

しばらくすると、雨が止んでうっすらと陽が差してきた。
「ツナミ缶でござい〜」

イヤホンを外して近づいてくる人がいた。
あれこれ缶詰について話すと、
「じゃぁ、ひとつ、イワシ缶をもらいます」

「新聞で読んだわ、ここで売ってたのね。
 じゃぁ3缶ちょうだい」

「さっき車で通り過ぎたんだよ。
 なんか気になって、車を向こうに停めて戻ってきたよ。
 2缶もらうよ」

小学生にも声をかけた。
僕の話を熱心に聞いてくれる良い子だ。
でも、子供に売るわけにはいかないので、
「お母さん、お父さん、みんなに話しといてね」

「あの、ツイッターに載っけていいすか?」
若者が携帯で写真を撮り、
「1個だけっすけど、いいっすか?」

ありがたいことに、通りがかる人の多くが
足を止めて聞いてくれるのだった。
足下のカゴに、大勢の人の気持ちがたまっていく。

日も暮れてきてしまったけれど、
もう少し、続けようか。

「えぇ〜、缶詰でござい〜。ツナミ缶でござい〜」

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2011-06-26-SUN
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