MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『続々・ぐるぐるマジックと缶詰料理ショー』


車はすっかり夜になった高速道を、
スピードを上げて福島に向かっている。

朝早くに東京を出たので、
車に揺られていると睡魔が襲ってくる。
東京を出て高速を北上している時も、
きっと眠ってしまうのだろうと思っていた。
だが、だれも眠っていない。
皆、ヘッドライトに照らされた道を
見るともなく見ている。

思い返しているのだろう。
あの、一生忘れないであろう光景、
それぞれに抱いた感慨、
訪れてやっとそれぞれ気付いた小さな出来事。

さっきまでいたあの場所が遠い宇宙のように思えたり、
すぐ傍にある小さな空間のようにも思える。
ごく普通の街並の先に突然現れる、破壊され尽くした
世界を見てしまうと、ほんの少し前の記憶さえ
定かではないように思えてしまう。

昔、『猿の惑星』という映画があった。
遠い未来のこと、ひとりの男が見知らぬ惑星に不時着する。
地球とはまるで違う、
荒れ果てた惑星に降り立ってしまったと思い彷徨うと、
砂に埋もれた自由の女神像が
男の目に飛び込んでくる。
この荒れ果てた惑星は、変わり果てた地球だったのだ。
男は嘆き、絶望する。

あまりに多くの人々が、地震、津波の後の光景を見て
嘆き、絶望したに違いない。
その絶望の深さを想像する。
つい昨日まで平穏であり、そこにはすべてが在った。
そして、すべてが壊されて流れて消えてしまった。

「石巻とか福島とか、
 慰問に行きませんか?」

黒川さん、Gさんが声をかけてくれた時、
僕の脳裏に浮かぶ句があった。

『 やせ蛙 まけるな一茶 是に有り 』

僕にできる慰問など、たかが知れているだろう。
気持ちだけでも和らいでもらえるとしたら、
「あぁ、こんなしょうもない芸でも
 楽しそうにやってるなぁ。こいつはノンキでいいや」
そんなものだ。
「がんばりましょう!」
と一緒に闘うというより、ただそこに行って
少しの時間だけ一緒に有る、それだけの思いだったのだ。

大笑いしてもらったのはマジックではなく、
ウクレレサンドイッチというジョーク話だった。
「それ、面白い、ふふふ」
と喜んでもらったのは、九州のマジシャンにもらった
ハトのマジックだった。

様々な思いを反芻しているうちに、
車は奥飯坂、穴原温泉郷に到着した。
時間は8時を過ぎていて、
まずは遅い夕食をいただくことにした。
ビール、続いて福島の地酒を飲み、
刺身や天ぷらでご飯を食べた。
隣の部屋からも、賑やかな話声が聞こえてくる。
どうやら地元の人たちのようで、柔らかい方言ばかりだ。

黒川さんご夫妻、Gさん、ドライバーのNさん、
皆やっとくつろいだ表情になった。
地酒が増々旨くなった。

僕とドライバーのNさん、それにGさんのおじさん3人
部屋に戻ると、すでにふとんが敷いてあった。
Gさんが大笑いしながら、

「小石さん、あのテーブルの上を見て、
 ふとんを敷きに入った人はビックリしたでしょうね。
 ゴムのハトは横になってるし、銀のステッキもあるし。
 それに、黄色いあたまグルグル」

しまった、今日使ったマジックの道具を
テーブルに並べたままだった。

ふとんの上にゴロリとなった。
テレビのニュース画面を眺めていると、
いつの間にかGさんのイビキが聞こえてきた。
Gさんの寝息につられて
眠ってしまいそうになりながらも、
浴衣に着替えてお風呂に向かった。

少し熱めの内風呂に入り、
夜風で温くなった露天風呂にも入った。
数人のお客がいたのだが、パジャマ姿で
桶に自前のシャンプーなどを持参していて、
浴衣姿は僕ひとりだった。
お客と思われた皆さんは、
危険地域から避難されている人たちだったのだ。

部屋に戻ると、GさんもNさんも眠っていた。

ふとんに入って手帳に日記を書いた。
ふと横を見ると、Gさんの寝顔が見え、
なぜか、微笑んでいる。
いったい、どんな良い夢を見ているのだろう。

「初めて石巻に来た時は、
 かなり精神的にまいりましたよ。
 でね、こりゃぁ何回も来て
 ショックを克服するしかないと思ってね。
 小石さんも、また一緒に何回も来ましょうよ」

Gさんの言ってくれたことを思い出した。

翌日、『パルセいいざか』入り。
ここには、被災された人たちと
避難された人たちが生活をしているという。

午前11時、入り口近くのロビーに
折り畳み椅子を並べてショーを開始した。

ありがたいことに、ひとつひとつのマジックに
皆さんの声、反響が聞こえてくる。
皆さんがお昼に支給される弁当を食べながら、

「やっぱり、変なマジックばかりだったなぁ、ふふふ」

そう思ってくれるような気がして、嬉しかった。

午後は『ふくしま自治研修センター』入り。
こちらも、大きく立派な建物だ。
広いロビーに並べられたソファーを一方向に並べて、
必ず間違えてしまう算数マジック、
読み間違える漢字マジックなどで苦笑いされる。
でも、たとえ苦笑いでも笑いのうちと
また嬉しくなった。

テレビの映像では臭いや温度など、
伝わらないことも多いだろう。
しかし、実際に訪れても分からないことばかりなのだ。
だが、それでいいとも思う。
僕自身が、何かを分かろうとして来たわけではない。
僕には想像もできない苦難が、
車でたった数時間走ったところで起きていて、

「小石さん、行ってみましょう」

と誘われて、来ることができたのだった。

車は東京への帰路についた。
積み込んだ缶詰は、しっかりとポリ袋に入れて
結わいてある。
それでも、かすかに魚の臭い、
ついさっき見た海の臭いがする。

僕は、またみんなと東北に行こうと思った。

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2011-06-12-SUN
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