MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ぐるぐるマジックと缶詰料理ショー』


5月のある日、
僕は友人たちと東北へ向かうことになった。
友人たちはまず世田谷区経堂で支援物資を積み、
僕のところへとやってきた。
なんと、車には冷蔵庫まで積まれていた。

「冷蔵庫って、たいがい1階にあるでしょ。
 だから、流されちゃったところが多くてね。
 冷蔵庫っていうリクエスト、
 結構あるんですよ」

僕は、ご近所のレストランオーナーご夫妻からいただいた
ウエットティッシュやアルコール消毒剤などを積み込んだ。

大きな車だったが、座席にも支援物資が山積みになった。
僕の荷物やマジックの道具は通路に置いて、
車はいよいよ東北へと走り出した。

高速道路までどこをどう走ったのか、
実は何も覚えていない。
友人たちとあれこれ会話を交わしながらも、
僕は漠然とした不安に捕われていたのだ。

友人たちは、現地での受け入れ先や活動の場所、
スケジュールまで完璧に整えてくれている。
彼らの段取りに抜かりはなさそうだ。
なのに、車が走り出したとたん、
僕ははたしてどんなマジックをやればいいのか、
それで喜んでもらえるのかという、
実にしょうもないことを憂えていたのだ。

車が高速道路に入った。
那須高原あたりを過ぎると、
車は左右に揺れたり前後にガタンと弾むようになった。

「地震で道路も歪んでるんでね。
 所々、段差もあるしでこぼこもしてるし。
 だから、そんなにスピード出せないんですよ」

東北への慰問活動は3回目のGさんが言う。

安達太良サービスエリアで、
お昼ごはんを食べることになった。
僕は煮込みカツ定食を注文した。
まさに、なんだか気弱になっている自分自身に
カツを入れる思いで。

腹いっぱいになると、急に元気が出てきた。

「まぁいいや、精一杯やればいいんだよ」

いつもの楽天的な思考が戻ってきた。
我ながら、あきれるほどの単細胞ぶりだ。

再び走り出した車の中で、僕は忘れ物を思い出した。
この日のために買いそろえておいた軍手、
マスクなどをすっかり忘れてきてしまったのだ。
忘れないように紙袋にまとめ、玄関に置いておいたのに、
それをまたいで出てきてしまったようだ。

「はい、小石さんが忘れ物をしました。
 高速を降りたところの大和町というところに
 コンビニがありますから、
 そこで必要なものを買うとしますか」

軍手を探している僕にGさんが言う。

「やっぱり、小石さんは指先を使うんで
 軍手は必要だよね」

僕は、

「いや、指先はあまり使わないけど、
 口先は良く使うよ」

五月晴れ、山々は新緑に輝いている。
山里の、のどかな光景が続いている。
だが、一般道は高速以上にでこぼこだった。
ところどころに長い亀裂が走っている。
ぽつん、ぽつんとある信号は消えていて、
車はゆっくりと前の車を追うように進む。

石巻市内に入った。
街の信号も消えていて、警察官が交通整理をしている。
車は右折左折を繰り返し、いよいよ本日の会場に着いた。

「マスクをしてくださいね。
 土ぼこりというより、臭いが相当にきついんで」

車のドアが開いた瞬間、
これまで嗅いだことのない濃厚な臭気を感じた。
マスクをしていても、マスク越しに
粘り気のある臭気が流れ込んでくる。

だが、臭いでめげていては
被災地にくる資格などないだろう。
僕はマスクを外し、マジックの道具を降ろした。

現地であれこれ手配をしてくれたSさんが言う。

「前に考えてた場所が、
 ちょうど3時くらいに水没するんです。
 腰のあたりまで水がきちゃうんで」

地震、津波に続いて、
地盤沈下などの深刻な被害が次々に発生しているのだ。

新たに手配してもらった会場はビルの2階で、
広々としていた。
僕らのショーは到着後すぐで、
まずは缶詰博士、黒川勇人さんの
缶詰料理ショーが始まった。

缶詰のカキ、サバ、コンビーフなどにオリーブオイル、
ポン酢、胡椒、レモンなどで味付けし、
それぞれを見事な一品料理に仕上げる、
まさに缶詰マジックなのだ。

出来上がった缶詰料理を試食してもらいながら、
いよいよ僕のぐるぐるマジックショーが始まった。
始めに、小さなハンカチがステッキに変わるマジック、
続いて突然ハトが出現するマジック。
肉まんがハンバーガーに変わり、
観客の選んだ旅行先を予言し、
ハンカチは瞬時に結ばれ・・・。
最後はやはり、ぐるぐるマジックでお開きとした。

集まっていただいた皆さんは、
缶詰料理を味わいレシピを習い、
僕のマジックに大笑いしてくれた。

再びマジック道具を積んで、
車は次の目的地へと走り出した。

僕の東北ぐるぐるマジック旅は、
まだ始まったばかりだ。

               (つづく)

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2011-05-29-SUN
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