MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『良き凡人でありたい』


被災して食料不足に陥っている北国の友人のために、
近所に買い出しに行った。

スーパーの棚に、
思った以上に多くカップ麺が並んでいるが、
やはり、
『おひとり様、2個まで』
の張り紙がある。
仕方のないことだ。

買い占めることは、今いちばん情けない行為だと思う。
『情けは人のためならず』
という格言を思い出す。
今、私が自分だけのために買い占めようとすれば、
巡り巡っていつの日か、
私自身が空っぽになった棚を前にして
ボーゼンと立ち尽くすことになるのだ。

私はカップ麺をふたつ、カゴに入れた。
他に、レトルト食品をふたつ、洋菓子をひとつ、
煎餅を1袋、インスタントのみそ汁を2袋、カゴに入れた。
それだけでも、レジ袋がふたつになった。

両手に買い物袋を提げ、マンションに戻った。
入り口で、同じ階にお住まいのご婦人と会い、

「こんにちは」

いつものように挨拶を交わした。

その瞬間、ご婦人の視線が鋭く私の買い物袋に向かい、
表情が険しくなった。
ご婦人の目が、饒舌に私を非難し始めたのだ。

「まぁ、なんてことでしょう、
 こんなに買い込んで。
 こういう人がいるから、世の中はダメになるんだわ。
 いつも、変な人だなぁとは思ってたけれど、
 こんな時に買い占めに走るなんて最低よ。
 アタシは軽蔑するわ、こういう人。
 こんな人と同じマンションに住んでるなんて、
 あたしまで恥ずかしいじゃないの」

あくまで私の想像である。
しかし、当たらずとも遠からず、であろう。

私も慌てて目で弁解を試みた。
だが、不思議なことに、
「最低の行為だわ。悪い人ねぇ」
というのは目で表現できるのに、
「いいえ、違うんですよ。これは救援物資なんです」
というのを目で表現できないのだ。

まさか、私が情けない買い占め男に思われようとは。
恐らく、ご婦人の誤解は今後一生続くことであろう。
面と向かって言葉に出して言われるなら、
ちゃんと反論はできる。
しかし、この誤解は言葉にならないまま
ご婦人の心の中でふつふつと熟成され、
日増しに増大するに違いない。

私は一生、ご婦人の中で極悪人となって
棲み続けなければならないのだろうか。
人の評価などあまり気にしない私であるが、
誤解されたままというのは気がかりである。
無論、私は特別に良い人でもなければ、
高潔な人間でもない。
有能でも有力でもない、ただの凡人なのだ。
そうして、これからもほんの少し良き凡人でいたいのだ。

どうすればいいというのか。
誤解されないために、
『これは支援物資です』
と書かれたのぼり、旗でも背中に立てて
歩かなければならないのだろうか。

このことをTwitterで嘆いてみた。
すると、実に多くの皆さんが同じ思いをされていた。
皆さん、同じく被災者支援のために
買い物をして歩いていた時のことである。
ある人はカセット・コンロやティッシュの箱を、
ある人は貼るカイロやマスクを、
買い物袋に詰めて歩いていた。

すると、すれ違う人たちの視線に、
私が感じたのと同じような誤解、
非難を感じてしまったというのだ。
中には、大人数の家族に必要最小限の食材を
買っただけなのに、鋭く睨まれてしまった人もいた。

私は、買い占めと誤解されない方法を考えてみた。
まず、買い物袋を唐草模様の風呂敷に包み、
背中に背負って運ぶのだ。

中途半端に素性を知られているので、
誰だか分からないように顔は手ぬぐいで
ほっかむりしておく。
これならば、どう見ても
買い占めてきた人には見えないだろう。

ただ、すれ違う人々に通報されて
職務質問を受けるはめに陥るかもしれないが。

私の、誤解との戦いは今後もしばらく続きそうだ。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2011-04-03-SUN
BACK
戻る