MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『素晴らしい動物マジック』


ラスベガスで、オランウータンのショーを観た。
ステージに登場するのは男性ひとりのみ、
他の出演者はオランウータンが数頭という、
実に珍しいショーである。
ショーのメイン、マジック・ショーが始まった。

大きなオレンジをオランウータンの上唇の上に乗せる。
男性がハンカチでほんの一瞬、オランウータンの顔を隠す。
すぐにハンカチを取り除くと、オレンジは消えている。
再びハンカチで隠し、すぐに取り除く。
すると、オレンジは上唇の上に
再び出現しているではないか。
男性は調子に乗ってマジックを繰り返すのだが、
途中でオランウータンが口の中に
オレンジを隠しているというタネを明かしてしまう。
明かしながらイヒヒと男性、人間をあざ笑うのだ。

場内は大爆笑の連続である。
なにせ、オランウータンの『間』が良いのである。
始めはオレンジを口に隠しながらも平静を装い、
ちゃんとマジシャンの役目を果たしている。
男性の、人間の指示に素直に従っているのだ。
だが、途中から人間をからかい始め、
ついには人間を操っているかのように笑う。
その時々の、見事な人間との間合い、『間』。

私は、心の中で何度もつぶやいた。
「負けた」
絶妙な目の動き、素直だったりとぼけたり、
表情さえもはっきりと使い分けている。
なにより、最初はボケの役を見事にこなしながら、
途中からツッコミに豹変するのである。
「負けた。負けた」
あのような『間』は、私にはできやしない。
ごく普通の人間同士の漫才やコントでも、
あれほどの『間』の良さを感じることは少ないだろう。
私は再び心の中で、
「貴方の芸に惚れました。
 これからはオランウータン師匠と呼ばせてください」
と、深く頭を下げるのであった。

そんな素晴らしいオランウータンのショーも、
最近では観られなくなってしまった。
動物愛護団体から、
「電気ショック等で調教しているのではないか」
という抗議を受けてしまったのである。
オランウータンを飼育している男性は、
「家で一緒に生活し、愛情を注いで芸を仕込んでいる。
 その方法は代々受け継いできた調教法で、
 公開はできない」
などと反論したそうであるが、
その後ショーは中断されたままなのだ。

日本では、鳩やウサギはもちろん、犬や猫、
インコ等の鳥類も扱ったマジシャンがいた。
中でも有名になったマジックは、
ぬいぐるみが踊り出すというマジックだ。
カッパのぬいぐるみが、むっくりと起き上がって
ステージを歩き回るではないか。
時には客席に転げ落ち、観客にしがみついたりもする。
客席は大パニックとなる。
観客を驚かせるのがマジックではあるが、
かなり違う意味で驚きを禁じ得ないマジックであった。

ところが、ある日の動物マジック・ショーのこと、
動物愛護団体が会場に現れたのである。
『動物を救え』と書かれた横断幕を掲げながら、
「ぬいぐるみの中には、猿が入れられている。
 猿は息苦しいに違いない。
 早く出してあげなさい」
完全にタネがバレているのあった。

その後、このマジシャンは引退をしたという。
あの多くの動物たちや、
ぬいぐるみを着て踊っていた猿は、
移動動物園に売られたらしいと聞いた。
元気でいるのだろうか。
楽屋や袖で一緒になり、私にすがりついてきた猿は
今頃どうしているのだろう。

最近、米国から聞こえてきたニュースで、
「ハンカチからハトを出すマジックがあるが、
 あのハトたちは苦しい思いをしているのではないか?
 虐待ではないのか?」
という抗議があったというのだ。
とうとう、いよいよという思いである。

「ハトは苦しくないのか?」
という問いに、明確に反論できるマジシャンなど
ひとりもいないだろう。
多くのマジシャンは、
「ちょっと我慢してね。
 後でたくさん餌をあげるからね」
と、愛情を持って使っている。
「自然界より暮らしやすいはずだ。
 餌だって確保されているし」
とも、思っているに違いない。
だが、
「苦しくないのか?」
という問いに答えられるマジシャンは、いそうもない。

「なにぃ、ハトが苦しがっているってぇ。
 いったい誰が聞いたんだい?
 オレの知ってるハトは、ぽっぽぽっぽしか鳴かないぜ。
 ハトが苦しいって言うのなら、オレも聞いてみてぇよ。
 誰か録音して聞かせてくれってんだよ」
あるいは、
「犬だって猫だって、捨てられたりして
 苦しがってんじゃないの?
 それを考えりゃぁ、ハトはずいぶん幸せってもんだよ。
 ハンカチから出て羽ばたけばいいんだから。
 後は餌食ってるだけなんだから」
などと逆ギレするマジシャンもいるかもしれない。

幸いにして、ラスベガスでは
様々なマジック・ショーが観られる。
ハト等の動物マジックも演じられているようだ。
もし、すべての動物を
使ってはならないということになって
本当に苦しくなるのは、
他ならぬマジシャンなのかもしれない。

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2011-03-13-SUN
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