MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『彼の声が聞こえる』


彼は、3度目の発作で入院をしていた。
重篤であった。
医者が彼に告げた。

「あれこれ手を尽くしましたが、
 もうこれ以上は・・・。
 どなたか、
 最後に逢いたい方はおられますか?」

彼は応えた。

「他の医者に会いたい」

彼は、常に先駆者であった。
今から30年も前に、
すでにセカンド・オピニオンを
求めていたのだから。

私の尊敬する人は、横浜で生まれた。
幼少期どんな風に育ったのか、
その後、何故にあの様な人生、
生き方を選択することになったのか。
色々な人々に話を聞いたこともある。
本人から多くの話を聞いてもいる。
それらを重ね合わせて、あれこれと推測もしてみる。
だが、それでも彼の一面しか
見えてこないような気がする。
彼の正面ばかりが脳裏に刷り込まれ、
背中越しの彼をまるで思い出せないでいるのだ。

だが、ヒーローとはそんなものかもしれない。
ヒーローたちは身体の表側から強烈なオーラを放ちながら、
重い荷物を背負った背中の辛さを決して見せはしないのだ。

あの人もそうだった。

彼は横浜で生を受け、青年期は、東京で過ごした。
何かに出会い、誰かと出会い、
その後の人生を決めるに至ったのだ。
ともに青年期を過ごした人が言う。

「まぁ、あのまんまだよね。
 ほら、カッコいいスポーツカーを
 四谷三丁目の小さな俺ん家に横付けして。
 いきなり、あいつが車から降りてくるから
 近所の人がビックリするやら騒ぐやら。
 それなのに、
 あいつは妙に成功した人生がつまんなそうで」

確かに、あの人のどこかつまらなそうな表情ばかりが
思い出される。

「人生に長いも短いもないのだろうけれど、
 どうにも君がうらやましいよ。
 君はまだたくさん、
 たいくつなほど長く生きていられそうだもんなぁ。
 なんだか、長生きしそうな顔してるよ」

まだ40歳を過ぎたばかりだったのに、
颯爽とした風貌なのに、
言葉には諦観が色濃かったように思う。
それゆえか、私たちは彼の言葉に
注意深く耳を傾けざるをえなかった。
彼の言動や表情は、マイナスの引力となって
周りの人々を惹きつけてもいたのだ。

「できる人は、
 もうひとりの自分の声が聞こえるんだよ。
 ウソのない本当の声は、他人からは聞こえないもんさ。
 本当の声は、いつだって自分から聞こえてくるんだよ。
 他人のヨイショに乗せられて人前に立っている人は、
 素顔をさらしているのに
 入念に化粧をしたと思っているピエロだよ」

「まぁ、時々、思うことがあるね。
 なかなか、人を思ったように
 幸せにはできないもんだよね。
 もちろん、本当に、幸せにしたいと思ってたし、
 できると思ってたけれどね。
 人一倍努力してるから、できるはず、と思ってたよ。
 でも、現実はね、失敗を繰り返したりしてるしさ。
 いやいや、懲りてなんかいないよ。
 だってさ、幸せにできないなんて
 これっぽっちも思わなかったし、
 不幸にするなんて思いもしなかったしね」

彼は大きな水槽の前の、
箱を階段のように並べた途中に腰を降ろして、

「まず、とりあえず、これを完成させなきゃなぁ。
 難しくはないんだよ。
 誰にだってできることなんだよ。
 でも、それを見た人がやっぱり、
 感動してくれなきゃね。
 いや、やることは大したことじゃないよ。
 ただ、これさえうまくやれれば、俺は大満足だし、
 みんなも幸せってもんだろ」

「なにはともあれ、
 目の前にあることを完成させることが良かれ、だよ。
 馬鹿だって、思うだろ?
 すごいことをやろうっていう割りには、
 やってることは細かい作業ばかりだし。
 ただね、細かい作業ができるからこそ、
 大きな現象を表現できるんだよ。
 見ている人だって、
 目の前の大きな現象に感動しているわけじゃないんだよ。
 それまでに、ここへ来るまでに、
 ずいぶん苦労したんだろうなぁって、
 感動してくれると思うんだよ。
 何か大胆なことをしようと思ったら、
 神経質なほど細かいところまで考えなくっちゃ」

周りの私たちは別の作業をしながらも、
彼の言葉を耳の奥に留めようとした。

「たださぁ、俺だって失敗は多かったよ。
 ひどい間違いもして、恥もかいたさ。
 反省して、ひょっとしたら俺は周りの人間を
 不幸にしてきたんじゃないかって、
 落ち込んだりもしたよ。
 でもね、人を幸せにしようと思うから、
 人を不幸にもする。
 人を不幸にもしない人は
 人を幸せにもしない人だ、
 俺はそう思う」

彼はたくさんのことを与えてくれ、
多くを奪っていった。
彼は、私のことを覚えていてくれるだろうか。
もうひとりの私とともに、
彷徨う私を見ていてくれるのだろうか。

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2011-01-23-SUN
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