MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ぐるぐる旅』


大学のマジック同好会の
同期の友人から電話が入った。

「俺の職場でイベントがあって、
 それに出てくれないかなぁ」

他ならぬ懐かしい友の依頼、
私は出演を快諾した。


東京駅を9時20分に発つ新幹線に乗ると、
長野に11時5分には着いてしまう。

友の故郷は、
ずいぶんと近くなったものだ。

乗り込んだ新幹線車内は、
信州の紅葉を楽しむツアー客で満席であった。
ほとんどがリュック姿の中高年で、
動くたびに腰に付けた熊よけの鈴が
ジャラジャラと鳴る。

まさか新幹線車内で熊は出ないだろうから、
信州の山に着いてから
鈴を付ければいいのにと思う。

皆さん立派な大人なのだが、
小学生の修学旅行とまるで違わない。
ただ、小学生なら
引率の先生が一喝して静かになったりするのだが、
大人はそうはいかない。
小学生は飲まないビールを飲み、
車内宴会は誰にも叱られることなく
長野駅まで続くのだった。

長野駅に着き改札を出ると、
懐かしい顔があった。

「よぉ、わりぃわりぃ、ご苦労さんです」

友は少しも変わってないように思える。

私たちがまだ大学生だった頃、
同好会で合宿に行くことになった。

友は、ずいぶん遅れて
待ち合わせ場所にタクシーでやってきた。

「よぉ、わりぃわりぃ、遅れちゃってさぁ。
 しょうがないからタクシーに乗ったんだけど、
 わりぃわりぃ、タクシー代を貸してくれよ」

友は昔から大物だった。

車の中でも、友は昔のように多弁だった。
だが、話すことは学生時代のような馬鹿話ではなく、
卒業後、故郷で様々に苦悩してきた日々のことであった。

学生時代の冬、
彼の実家に泊めてもらったことがある。
朝、洗面器に張っている薄氷を割って顔を洗った。
私は友の話を聞きながら、
あの日の氷水の冷たさを思い出していた。

「いやぁ、わりぃわりぃ。
 でもね、今は良い感じになってきてるんだよ。
 だからさぁ、これからだと思うんだよ」

私は心の中で友に応えた。

「そうだよ、色々と大変だっただろうけれど、
 俺たちはなんとか人生の予選を走り抜けてきたんだよ。
 で、これからやっと決勝戦。
 でも、今までのペースで、
 時々こうして話し合いながら
 行こうや」

途中で車を停め、古い佇まいの蕎麦屋に入った。
テーブルに着くと同時に、
野沢菜漬けが盛られた鉢が出てきた。

後にせいろがやってきて、ご飯が一膳付いていた。
蕎麦は当然のように旨く、
多いと思っていた野沢菜は
ご飯に合って全部食べてしまった。

「俺が払うから。昔はよく払わせたもんなぁ」

そうだったかなぁ、
私もあれこれ面倒をかけたような気がするのだが。
時が過ぎて確かな記憶などはなくなってしまったが、
学生の頃は互いにもたれ合って生きていたのだろう。

イベント会場である大きな病院に着いた。
近隣の人々、患者さん、病院のスタッフを含めて、
皆の手作りのイベント、お祭りなのだという。

「いやぁ、お前が唯一の目玉だからさぁ。
 みんなを元気にしてやってくれよ」

「わりぃ、すぐ出番だからさぁ」

人間ドックの検査室が
私の控え室になっていて、
慌ただしく着替えてネタを仕込んだ。

病院の広い待合室に
特設ステージが設けられていて、
男性が映像を指し示しながら話をしていた。
テーマは、喫煙の及ぼす健康被害と
受動喫煙の危険についてであった。

こんな堅いお話の後に出るのは
初めてかもしれないが、
仕方ない出たとこ勝負とステージに上がった。

あれこれマジックをやっているうちに、
ロビーは多くの観客でいっぱいになった。
ひとり『あったま・ぐるぐる』を披露すると、
子供たちの笑い声が
こだまのようにロビーに響いた。
老人たちも子供たちも、とても元気そうに見えた。

「小石、お前もがんばってるんだなぁ。
 俺もがんばらなくっちゃ」

鞄にネタを仕舞うのを手伝いながら、友が言う。

「それじゃぁ、またな」

たった3時間ほどの再会だった。
帰りの新幹線の過ぎて行く景色を眺めながら、
これからも
友ともたれ合いながら生きて行きたいと願った。

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2010-10-31-SUN
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