MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ゴム輪と言いなさい』


言語というものは、
本当に不思議だと思う。

DVDを買ってきて観た
『天地創造』という映画によれば、
人間が高い塔から太陽に向かって矢を放った瞬間から、
地球上に様々な言語が生まれたのだという。

それまでは、地球上にひとつの言語しかなかったので、
意思疎通が容易であった。
人類はチカラを合わせ、高い塔を建て、
とうとう天に矢を放ったのだ。

そこで、神は人類に多くの言語を与え、
チカラの一極集中を妨げたのだ。

台北、香港、シンガポールなどにある
日本人会に招かれて
公演をしたことがある。

多くは落語会で、様々な師匠とともに高座に上がった。
観客のほとんどが日本人で、
現地で長く活動をされている皆さんだ。

落語は無論のこと、
マジックの合間のしゃべりがウケる。
その反響はただ面白くて笑うというものではなく、
日本人にしか分からないであろう日本語の妙を、
しみじみと噛み締めているようであった。

それはまるで、長い海外生活の中で
久しぶりに美味しいご飯とみそ汁を
味わっているような表情で、
会場全体が日本語をあらためて
慈しんでいるような雰囲気であった。

友人と1杯呑むことになった。
1杯とは言うものの、1杯で済んだことがない。
1杯が2杯、2杯が3杯、
つまりはいっぱい呑んでしまうのだ。

日本語は本当に不思議だ。
たった1杯からスタートして杯を重ね、
たくさん呑んでしまうと、

「いやぁ、今日もいっぱい呑んでしまったなぁ」

と、再び1杯に戻ってしまうのだ。


インドネシアに行った。

空港へ着いた時から、
日本語の堪能なガイドさんがいて、

「やはり、こちらは暑いですか?
 よろしければ、
 このお水をお飲みください」

とても優しい日本語であった。
ただ、時間の表現だけが微妙に違っている。

「たぶん、5ぷん(5分)でホテルに着きます」

どんな時間も、すべて『ぷん』なのだ。

日本語で時間を言う時は、
1ぷん、2ふん、3ぷん、
4ぷん、5ふん、6ぷん、
7ふん、8ふん(あるいは、はっぷん)、
9ふん、10ぷん、となる。

1、3、4、6、10の時、
分は『ぷん』となり、
2、5、7、9の時は『ふん』なのだ。
8の場合は『ふん』も『ぷん』もある。
こんな面倒な数え方を、よくぞ覚えられたものだ。

更に、1本、2本、3本と数える場合は、
今度は『ほん』、『ぽん』に『ぼん』が加わる。

「いっぽん、にほん、さんぼん、よんほん、ごほん‥‥」

こんな数え方の決まりを、どうやって覚えたのだろうか。
なぜこのような数え方をするのか、
理屈として教わった記憶はない。

ただ、何年も繰り返して丸暗記したに違いない。
もし、あのインドネシアの青年に、
「どうして1の場合は『ぷん』で、
 2は『ふん』なのですか?」
などと訊かれても、私は答えられそうもない。

日本人に日本語で、
「コーヒーになります」
と、言われることが多くなった昨今である。
インドネシアの青年の日本語の小さな間違いが、
むしろ微笑ましく思い出されるのだ。


輪ゴムが、秘密のタネになっているマジックがある。

「さぁ、このマジックのタネは何でしょう?」

すると、子供たちが口々に答える。その多くが、

「わかったぁ! 輪ゴムだよ」

そこで私は、

「残念でした。
 輪ゴムではない、ゴム輪です」

子供たちが大ブーイングを始める。
いつもの光景だ。

私は子供たちに説教を始める。

「いいですか、良く聴きなさいよ。
 これはゴム輪というものなのです。
 皆さんは、浮き輪のことを輪浮きと言いますか?
 指輪のことを輪指と言いますか?
 言わないでしょ。
 だから、これは輪ゴムではなくて、ゴム輪なのです」

子供たちの困惑したような表情がたまらなく可愛くて、
私は今日も意地悪マジシャンをやめられない。

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2010-10-24-SUN
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