MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『赤ん坊・うり坊・寝坊』


故郷に住む姪が、男の子を出産した。
朝6時くらいに、携帯メールで写真を送信してきた。
生まれたばかりの赤ん坊は、
ちょっと困ったおじさんのような顔をしていた。
すぐ後に、今度は姪の母親から写真が届いた。
こちらは、ごく普通の赤ちゃんの顔であった。

2週間後、仕事で故郷に行く機会があり、
さっそく赤ん坊の顔を見に行った。

「可愛いやろ?
 あぁ可愛い。この子は可愛いなぁ」

姪の母親、つまり私の姉は可愛いを連発しつつ、
私も、

「可愛いねぇ!」

と言うのを待っている。
だが、私の返事など待ちきれず、

「可愛いやろう?
 あぁ可愛い。男前やし」

どうやら、姉の目には
特殊なフィルターが掛けられてしまったらしい。

赤ん坊のベッドの、
写真アルバムのように見えたものは、
生まれた時の泣き声を録音したものだという。
アルバムを開くと、確かに泣き声が聞こえてきた。
撮影したビデオは、もう山のようにある。
いずれも、ごく普通の赤ん坊の映像ばかりだ。
そこで、私は提案をした。

「オムツを替える様子を撮りなさいよ。
 替えながら、
 『くちゃい〜、大変だぁ』とぼやいたり。
 夜泣きするのを、眠い目をこすりながら
 必死にあやす姿を撮る。
 とにかく、苦労している親の姿だけ
 撮っておけばいいんだよ」

皆、きょとんとした表情になってしまった。
私は続けて、

「子供が大きくなって、
 親に対して偉そうな言動をした時、
 その映像を見せるんだよ。
 ハイビジョンのめちゃくちゃ鮮明な画像で、
 いかに苦労して育てたかを見せるんだよ。
 自分がお尻を拭いてもらっている鮮明な画像を見れば、
 あとは反省するしかないだろう。
 親の苦労する姿を残す、
 それが正しいハイビジョンの使い方だよ」

皆ふぅんと頷きながらも、私の意見など無視するように、

「可愛いなぁ、この子は本当に可愛い」

再び周りを囲んで、小さな赤ん坊を見つめるのであった。

翌日の夕方、新幹線で新神戸に移動した。
予約してあった駅前のホテルにチェックインし、
ラウンジでビール、ワイン。
さて、夕食はホテルの外で食べようと駅前に向かった。

ほろ酔いで駅前を歩いていると、
大きな茶色い動物と小さい動物が
私にぶつかりそうになりながら駆けて行った。
なんだったのだろうと目で追うと、
2頭はコンビニの店先で止まった。

店の明るい照明に照らし出された茶色い動物は、
なんとイノシシではないか。
どうやら母イノシシとその子供、うり坊の2頭が、
コンビニの前のマンションの生ゴミを食べているのだ。
私は慌てて携帯を取り出し、すぐ近くまで接近して
写真を撮った。
彼らは生ゴミに夢中で、フラッシュを焚いても
知らんぷりである。

駅前を歩く人々は、このイノシシを見慣れているようだ。
数人は私と同じように写真を撮るのだが、
ほとんどの人はチラッと目をやりつつも、
「なんだぁ、イノシシかぁ」
とでも言うように通り過ぎていく。
新神戸駅の周辺では、イノシシの親子が歩き回るのは
ごく普通、日常の風景であるらしいのだ。

それにしても、山奥の小さな駅前ならば、
イノシシや猿が出没するであろうと想像できるのだが、
ここは新幹線の駅のすぐ前、
周辺は高層マンションやホテルが林立している都会なのだ。
そこに、イノシシ親子が登場するなど
私には想像外であった。

間もなく自転車の警官が通りがかった。
しかし、
「あまり、近づかないようにね」
と言い残して去って行ってしまった。
新神戸ではイノシシは事件でも事故でもないのだった。

駅前のレストランで夕食を済まし、
再びホテルのラウンジで飲んだ。
白ワインをサーブしてくれる女性に聞いてみた。

「駅前で、イノシシ親子を見たんだけれど」

すると、

「あぁ、いますよね。
 駅の反対側が山で、そこから毎日、
 夕ご飯を食べに降りてくるみたいです。
 他にもイノシシ親子がいて、
 別の所でも見かけますよ」

やはり、新神戸周辺は
イノシシのお食事どころになっているのだ。

日本のあちこちで、熊に襲われたとか
猿に噛まれたとかの事件が頻発している。
イノシシに襲われて怪我をしたというニュースも
耳にしている。

それらは、まぎれもなく事件なのだ。
ところが、新神戸駅前のイノシシたちはなぜか人間に
慣れていて、決して襲ったりしないのだという。

「なぜですかねぇ。
 この辺のイノシシはおとなしいし、
 私たちも別に追ったりしないですからねぇ」

イノシシが襲わないから人が追わないのか、
人が追わないからイノシシが襲わないのか。
新神戸では、
野生動物であるイノシシとの静かな共存が
長く保たれているのだった。

その夜、夢を見た。
姪の赤ん坊とうり坊が、
なぜか一緒のベッドで寝ている。
姉はカメラを手にして、

「可愛いなぁ、可愛いなぁ」

夢の中でも相変わらずの孫バカぶり。

「赤ん坊とうり坊を同じベッドで寝かせていいのか」

私がそう言っても、姉は聞いてもいない。

と、そこで目が覚めた。
枕元の時計はもう9時を過ぎている。
しまった、私はどうやら寝坊したようだ。

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2010-10-10-SUN
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