MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『続 33年目の奇跡、ひとり・ぐるぐる!?』


「真夏のイリュージョン、
 パルト小石さんです!」

ショーを進行し、
音楽を奏でてくれる石黒彰さんの声が
耳に飛び込んできた。
いよいよ、1時間に渡る
私のマジック・ショーが始まるのだ。

通常ならば、マジシャンは
ショーが始まる前にあれこれタネを仕込んで
ステージに登場する。
そして、ショーが進行するにつれて
段々と痩せてゆくものだ。

ところが私は、いっさい仕込みをしないで
ステージに向かった。
満員の観客を前にして、私は話し始めた。

「私は今、一切のタネを仕込んでいません。
 今から、皆さんの前で、背を向けて仕込みます。
 皆さんには、世にも珍しい
 マジシャンの仕込みの姿からご覧いただきます。
 おそらく、世界初の試みです」

ちょっとごそごそ、どころではない、
堂々と観客の目の前でごそごそするのだ。

背を向けて仕込みながら1、2度、
チラリと観客の様子を伺うと、

「な、なにを仕込んでいるのだろう?
 上着のポケットを
 しきりに探っているようにも見えるのだが、
 一体、どんなマジックが始まるのか?」

全員が、好奇心いっぱいのまなざしで
私の背中を見つめているのだった。

まず始めに手にしたマジックは、
ダンシング・ステッキだ。
ステッキがマジシャンの体のまわり、
宙をフワフワと踊る
ように動いてしまうマジックである。

最前列の観客の目の前数センチを、
ステッキがかすめるように通り過ぎて、
その度に歓声が上がる。
私はステッキを右手に戻し、再び語り始めた。

「時々、このステッキのマジックを間近で見て、
 糸が見えた、タネが見えたと言う人がいます。

 ですが、このステッキマジックにおけるタネ、
 糸は、見えても良いのです。

 なぜなら、このダンシング・ステッキの糸とは、
 歌舞伎の黒子のような存在なのです。
 歌舞伎の早変わり、衣装を瞬時に変えてしまう
 引き抜きなどに登場する黒子と同じなのです。
 あるいは、宙乗りに使われている丈夫な綱とも。
 つまり、見えていても良い存在なのです。

 ですから、皆さんは間違っても、
 『糸が見えたぁ!』
 などと得意そうに叫んではいけないのです。
 それなのに、
 『あれぇ、なんか、糸が見えてるよ。
  ははぁ〜ん、
  あれがタネだなぁ。
  分かった分かった、糸が見えたぁ』
 などという観客もいます。
 しかし、この言動は
 歌舞伎の引き抜きを観ながら、
 『あれれ、あの黒尽くめの衣装の人が丸見えだなぁ。
  ははぁ〜ん、あの人が後ろから引っ張ってるんだぁ。
  分かった、瞬間衣装変えの秘密が分かったぁ!』
 などと言っているのと同じなのです。
 そりゃもう、大恥ものなのです」

私の図々しい理論にも
観客はあははと笑い返してくれた。
マジック・ショーは、
どうやら良いスタートが切れたらしい。

先日観た歌舞伎に、着物の早変わり、引き抜きと
宙乗りの場面があった。
マジックを生業としているせいか、
私は黒子の動きの方が気になってしまう。
その、慌ただしいながらも無駄のない、
ひそやかな動作に見入ってしまう。

同様に、宙乗りの際の綱の形状、
太さを計るように見てしまうのだ。
黒子、綱たちは確かに存在しながら存在せず、
華やかな表舞台を見事に支えているのだ。

マジシャンの多くは、
ダンシング・ステッキを演じる際に
極端に照明を落とし、
ほとんど暗闇の中でステッキを見せようとする。

以前、あるマジシャンが
闇の中でステッキを操っていた。
マジシャンである私には、
ダンシング・ステッキをやっているのが経験で分かる。
ところが、隣の客はマジックを初めて生で見るらしく、

「すいません、今は何が起きてるんですか?」

などと私に聞いてくるほど、ステージが暗いのだった。

なぜそこまで暗くするかといえば、
ダンシング・ステッキのタネである糸を
観客に見られないようにするためなのだ。

私はダンシング・ステッキというマジックが大好きだ。

あの、自在に宙を舞う華やかな現象が
面白くてたまらない。
そんなダンシング・ステッキを、
闇の中で演じてるなんて
もったいないことこの上ないではないか。

<角を矯めて牛を殺す(つのをためてうしをころす)>
のたとえもある。
マジシャンの皆さま、ダンシング・ステッキは
明るいままで演じましょう。

話が本題から逸れてしまっているうちに、
私のマジック・ショーは
とうとう最後のマジックを残すのみとなった。

いよいよ、33年目にして初の、
ひとり・ぐるぐるを披露するのだ。

私はいつものように、
黄色いバケツ状の筒をすっぽりと冠った。

右手でしっかりと筒を支え、
左手の指先で外側の筒をゆっくりと回転させた。

すると、私の頭は
くるくるとスムーズに回り続けるのであった。

このやり方を思いつくまで、
実に33年もの歳月を要してしまった。

だが、だからこそなのだろうか、
その馬鹿馬鹿しくも涙ぐましく、
あまりに小さな新展開に、
客席から大きな笑いと
やんやの歓声が沸き起こった。

                 (おわり)

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2010-09-05-SUN
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