MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『肉球が焼ける、夏』


猛暑の夏は、運動不足に陥る。

外の気温は35度を超えている。
アスファルト付近の
温度は50度にも達しているという。
散歩している犬たちも、さぞ肉球が暑かろう。

犬と同様に、私の運動はひたすら散歩である。
とにかく、雨が降っても雪になっても、
私は散歩を欠かさないのだ。
この日々の散歩、運動のお陰で、
私はなんとか体型、
体調を維持できていると思う。

ところが、このところの夏の暑さである。

雨ニモ負ケズ雪ニモマケズの私であったが、
さすがにこの暑さには不戦敗なのだ。
こんな猛暑に戦いを挑んでも熱中症、
あるいは熱射病になるに違いない。
私の唯一の健康法である散歩が、
夏には不健康の一因になってしまうのだ。

散歩ができないとなると、てきめんに運動不足になる。
運動不足だからといって
それほど食欲には影響しないらしく、
私は夏に太るのだ。
先日、いつもの細身のパンツの前のボタンが
突然にブチッっと飛んでしまった。
はみ出そうなウエストの肉が、
とうとうボタンをはじけ跳ばしてしまったのだ。

これはいかんと、
私は新宿の地下街を散歩することにした。
地下街は適度にエアコンが効いていて、
外と比べれば格段に快適なのだ。

まず、新宿の西口あたりから散歩モードに入る。
途中で左に折れ、西武新宿に向かう。
西武新宿辺りでUターンし、伊勢丹方面へ。
更に高島屋方面へと歩を進め、
高島屋から再び新宿西口へと戻るのだ。
この行程だけで、かなりの距離を散歩できる。

散歩という運動は、これで充分に果たせる。
ただ、地下街の散歩は外の散歩と違って
広い景色、光景というものがない。

普段の外の散歩は、運動以外に
多くの刺激を与えてくれるものだ。
歩きながら、道ばたの草花を見たり触れたりする。
様々なことを思い、あれこれと夢想する。
マジックのアイデアや書きたいことを発見するのも、
散歩している時が多いのだ。
それが、地下街散歩では思いつくことが少ない。
やはり身体も心も、外の無限の空間を彷徨わないと
思いつくことも狭くなってしまうのかもしれない。

ならば、部屋でテレビでも見ながら
器具を使ってのウォーキング、
運動をすれば想像や空想が広がるかといえば、
どうもそうではないらしい。
テレビは一方的に情報を送り続けるのみで、
見ている側は情報を受け取るのみの立場になってしまう。
ぼんやりテレビ画面を見続けると、
段々と脳が思考停止していく。

新しいマジックのアイデアどころか、
昼ごはんを何にするかさえ決められなくなったりするのだ。
好きなDVDを見ながら、
ウォーキング運動をしてみたこともある。
画面に夢中になり、途中で器具から落ちてしまった。

ゆえに、散歩は外に限るのだ。
犬たちも、きっとそう思っているに違いない。
犬にとっても、散歩はただの運動だけではないのだ。

常夏の国に長く住んでいる友人がいる。
彼女によると、季節に変化のない国では、
時の過ぎるのが早く感じられるという。
一年ずぅっと一緒、季節は夏のみの国に住むと、
昨年の記憶さえ定かではなくなるらしい。
それで、気付かないうちに4、5年が過ぎてしまうと笑う。

確かに、四季がある日本では、
去年の冬に美味しい鍋を食べたとか、
秋にはきのこや芋など、春には花見しつつお酒を呑み、
夏にスイカにかじりついたなど、
季節の移ろいとともに記憶しているものだ。
記憶の鍵が、すべて食べ物であることが
いささか我が人生の小さな問題ではあるが。

道ばたで、お婆さんたちがなにやら話し込んでいる。
日傘の中から、秘密めいたひそひそ話が漏れてくる。
しかし、僕の耳にはお婆さんの足下の小型犬の声が
聞こえてくるようだ。
「クゥ〜ン、歩いてても暑いよ。
 だけど、こんな暑いアスファルトの上に
 留まっていたら、
 僕の肉球が焼けちゃうよ、クゥ〜ン」

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2010-08-08-SUN
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