MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『困りましたぁ』


パソコンの周辺機器が故障した。

いつも順調に働いてくれていたのに、
朝になったら
電源オンを示すランプが消えているではないか。
この症状は初めてであるが、
どうやら故障というより
完全に寿命を迎えてしまっているようだ。

それでも、ひょっとしたら直るかもと
コンセントを代えてみたり、
裏側にあるリセット・ボタンを押してみたりした。
しかし、やはり電源ランプは消えたままであった。

こうなると、まずはパソコンを買ったショップに
電話を入れるしかないだろう。
ダイヤルをプッシュしながら、
頭の中でこれからの会話をイメージしていた。

「もしもし、実はパソコンの無線用の機器が
 壊れているみたいなんです。
 電源ランプが消えてるんですよ。
 やっぱり、買い替えるしかないですよね?」

しかし、実際の通話は私にとって
あまりにも過酷なものであった。

最寄りの支店の番号にかけた。
だが、応対するのは音声案内であった。

「お電話、ありがとうございます。
 ただ今、あの◯◯が好評発売中です。
 ショップにてすぐにご購入いただけます」

その後ピンポ〜ンという音が入り、続いて、

「商品、機器等のお問い合わせは1番を、
 故障、あるいは修理等のお問い合わせは2番を‥‥」

私は慌てて受話器の2番を押した。すると、

「ただ今、通話が大変に混み合っております。
 順番にお繋ぎいたしますので、
 しばらくお待ちください」

小さく音楽が鳴り、相当に長く待って、

「大変にお待たせいたしました。
 担当の◯◯でございます」

どうやら、やっと話ができそうになったのだが、
出てきた若そうな男性の話し方が
まるで音声案内のように平坦で、
抑揚のない話し方であった。

本当に、誰かと直接会話ができているのだろうかと
いぶかりながらも、

「もしもし、もしもし?」

恐る恐る話しかけてみた。

「はい、担当の◯◯でございます。
 どのようなご用件でございましょうか?」

やれやれ、やっと思い描いていたような会話が
できそうだと思った矢先、
彼は奇妙な注意事項を述べるではないか。

「この会話の内容を、録音する場合があります。
 よろしかったでしょうかぁ?」

彼はどうにも困ったように話すのだが、
本当に困ってしまうのは私の方だ。

なぜ録音するのか、録音は何に使われるのか、
さっぱり分からないままなのだが、
ここで拒否をしたらそれ以上通話は
できなくなるかもしれない。
始めから私に選択肢などないのだった。

「は、はぁ、そうですか」

担当者は、

「ありがとうございますぅ。
 では、ご用件を承りますが、
 まず、ただ今ご使用のパソコンは◯◯でしょうか?
 また、パソコンのソフトウエアは‥‥」

電話をかけてから、もう何分が過ぎているのだろう。
私はまだひとつの質問さえできていないのだ。
私は彼の質問をさえぎって、

「あの、すいません。まず聞いていいですか?」

そうしてやっと、

「あのね、無線用の機器の電源ランプが
 消えているのですよ」

すると、
「そうですかぁ、困りましたぁ。
 で、コンセントを代えてみるとか、
 裏のリセット・ボタンは押されてみましたか?」

それらの処置を試したことを伝えると、

「困りましたぁ。
 そうですと、考えられるのは機器が
 壊れている可能性が高いのではないかと‥‥」

壊れているというのは、電源ランプが点いていないし、
現に作動しないのだから素人目にも分かっていることだ。
私が聞きたいのは、今から最寄りの支店に行って
新しい機器が買えるかどうかなのだ。

「買い替えたいのですが、
 今から行ってもいいですか?」

すると、彼は信じられないことを言い出した。

「困りましたぁ。
 あの、ショップはどちらのショップでしょうか?」

私は確かに、最寄りの支店の番号にかけたはずだ。
ところが、この応答システムは
音声案内に従って2番を押した時点で、
最寄りの支店ではなくコールセンターなるところに
繋がるようになっているのだった。

「困りましたぁ。
 ご希望の支店とお話しされる場合は
 5番を押していただきたいです」

つまり、故障、あるいは修理を希望していたとしても、
音声案内を最後まで辛抱強く聞かないと
いけないというのだ。

しかし、突然に眠ったように動かなくなった機器を
目にして、慌てて電話しているのだ。
そこに、

「故障、あるいは修理等のお問い合わせは2番を‥‥」

と聞いて、
はたして2番を押さない人などいるのだろうか。

電話を切り、再びかけ直す気力もなく、
ソファに倒れ込んだ。

はたしてこの電話のシステムが悪いのか、
それとも私が単に
現代についていけてないのか。

ぼんやりと考えていると、
応対してくれた彼の不思議な言い方、
「困りましたぁ」
を思い出した。

くどいようだが、
困っているのは彼でなく私なのだ。
それなのに彼は、
「困りましたぁ」
を連発するのだった。

しばらく思い悩んだ後、

「困りましたぁ」、

そう聞こえていたのは、

「かしこまりましたぁ」

と気付き、再び脱力した。

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2010-07-18-SUN
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