MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『それぞれの恋・マジシャン編』

〜マジシャンとパントマイマーの恋〜

僕が楽屋に入ると、化粧に夢中になっている
ひとりのパントマイマーがいた。

振り向いた彼女が、

「おはようございます。
 マイムのポムです、よろしくお願いします」

僕は少しあわてて、

「マジシャンのコットです。よろしく」

すっかりピエロに変身している彼女の顔が、
更に大きな笑顔になった。
恋の始まりだった。

初めてのデート、
僕は最も得意にしている
トランプのマジックを見せた。

百発百中、必ず当たるマジックのはずだった。
ところが、僕は初めて失敗をしてしまった。
彼女の目ばかり見つめていて、
手先がおろそかになったのだろう。
その瞬間、
「あぁ本当に、僕はこの人に恋してる」
そう思った。

わたしも、彼がトランプを当てていたら、
「すごい! さすがマジシャンだわ」
そう思うくらいで、
彼をマジシャン以上には見られなかったと思う。

彼が焦っているのを見て、
急に彼を男性として意識したみたい。
不思議なものね。
「あんなに幸福なマジックの失敗は、もう、ないよ」
僕の言葉に、彼女が
恋する乙女のマイムを始めた。


〜朧(おぼろ)な恋〜

長い九州巡業から羽田に戻ってきた。
こんな遅い時間だと、羽田も閑散としている。
温かい雨が降っていて、
いつもなら並んでいるタクシーが
一台もない。

タクシー乗り場にいるのは、前の女性と僕だけ。
なかなかタクシーは来ない。

「来ないですね・・・」

彼女の声が、温もった雨の中から聞こえてきた。

「そ、そうですねぇ」

ほんの少し、会話を交わしてうちにタクシーがやってきた。
彼女が乗ると、運転手さんが、

「あれっ、一緒じゃないんですかぁ」

彼女が手招きをしたように見えた瞬間、
僕はひとりごとのように、

「えぇ、残念ながら」

ドアが閉まった。

走り去るタクシーのテールランプを見ながら、
「もし一緒に乗ったなら、新しい恋が始まったんだろうか。
 でも、そんな恋はどこへ向かうのだろう」
そう思った。

タクシーはまだ来ない。
温かい雨の向こうに、
いくつもの都会の明かりが滲んで見える。
僕の恋は、まだ朧。


〜遅れてきた恋〜

長くマジシャンをやってきたものね。
来年には、芸歴20年になるはず。
若いころはマジック界のアイドル、なんて言われて、
ずいぶんとテレビにも出たわね。

25歳の時、同い年だった人気マジシャンと結婚して、
時々ふたりでステージもこなしたものだわ。
その旦那が突然この世を去って、
『魔法のステッキ、突然に折れる』
なんて、新聞にも載ったわ。

そうだ、旦那様も生きていれば芸歴20年だもの。
ふたりの記念に何か作ろうかしら。
マジック仲間とも久しく会ってないし、
小さなパーティをするのも悪くないわ。
本当に久しぶりだわ。

私がまだアマチュアのころ、
熱心にプロになるよう勧めてくれた坂野さん。
私よりひとつ年上なだけで、
自分だってプロになりたかったろうに、
熱心に私をプロにしようと努めてくれた。
自分のマジックショップを始めて、
私の道具もたくさん考えてくれた。

本当は、自分で演じたらもっと巧くできたのに。

「いやぁ、オレは、このネタは
 みっちゃんにピッタリだと思う、
 いや、信じてるからさ」

なんて。
また、本当に久しぶりに、
記念のマジックを考えてもらおう。

「久しぶりに、坂野さんにアイデアをいただきたくて」

髪はすっかり白くなっていたけれど、
あの笑顔は昔のまま、懐かしい坂野さんだ。

「20年の記念品だよね。喜んで作らせてもらうよ」

数日後、出来上がったのはトランプ。
ただ、普通のとは違って
ダイヤ、クラブ、ハート、スペードだけの箱が四箱。

「ごく普通に、四種類が入って一組と思っているよね。
 でも、どれかひとつでも欠けてしまうと
 トランプではなくなってしまう。

 僕らも、当然のようにあったものを
 失ってきたけれど、また集まればいいなと思ってる」

私のハートの箱には私のイニシャルが入り、
スペードには坂野さんのイニシャルを入れた。

クラブの箱に今はもういない旦那様のHを入れ、
ダイヤには坂野さんの亡き愛妻のSを入れた。

「さすがに、もう四種類そろって
 一箱というわけにはいかないよね。
 でもハートとスペード、
 二種類だけの箱というのは、
 近い将来考えてはくれないだろうか」

もう一度、トランプのマジックを
坂野さんと練習できそうだわ。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2010-03-28-SUN
BACK
戻る