MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『目指せ卒寿! 白寿!』


母の米寿の祝いのため、帰郷した。

相変わらず、夜明けとともに起き、
日没とともに眠る父母である。

これは究極のエコ・ライフと思っていたのだが、
どうやらそうでもないらしい。
買ってきたビールを冷蔵庫に入れようとすると、

「ビールは外の冷蔵庫に入れるのじゃ。
 中の冷蔵庫は漬け物とか、
あれこれ入っておるじゃろ」

庭に冷蔵庫があり、飲み物ばかりが入っている。

また、2世帯をつなぐ廊下には巨大な冷凍庫があり、
そこには収穫した野菜が大量に収まっているのだ。

老夫婦は電気こたつに入り、
エアコンも暖かい空気を送り続け、
電気ポットは常に湯を沸かし続けている。

しかし、ともに米寿を迎えた老夫婦が
省エネのために寒さ、便利さをこらえたあげく、
健康を損ねられても困るのだ。

地デジ化は、すでに済んでいる。
だが、以前にプレゼントしたDVDプレイヤーは、
どうやら使用されてはいないようだ。
電源を入れることはできるが、
トレイにディスクを入れ、
オール・プレイかチャプター選択かを選ぶという作業は
できないようだ。

「入れても、動かんでなぁ」

どのディスクも勝手に再生を始めてくれるとか、
音声で指示できるようになればいいのだが。

父母の住む地域の高齢者の誰もが
デジタル機器に弱いかというと、そうでもないらしい。

数件先のNさんは御年82歳であるが、
3Dテレビの購入を考えているとか。

「時代劇、チャンバラを3Dで見たら
 迫力あるでなぁ」

黄門様の印籠が目の前に飛び出して、
思わず、「へぇ、へへぇぇぇ」
などとひれ伏すことになるのだろうか。

米寿の祝いは、
近くの観光旅館の宴席を借りて開催した。

「本日はお忙しい中、かつまた生活の苦しい中、
 皆様ようこそお越し下さいました。

 ただ今より、小石てつえ様の
 めでたい米寿の祝いを始めさせていただきます。

 私、本日の司会を担当いたします、
 母てつえの長男でございます」

司会は、私自身が務めた。

「皆様、次は父母の卒寿の祝いで
 再びご参集願えれば
 幸いでございます。
 その次は白寿、
 99歳を祝う祝宴でございましょう」

和やかに祝宴は進み2時間ほどでお開きとなり、
親戚一同再び我が家へと戻った。

折しも、テレビは
冬期オリンピック中継の真っ最中である。

「あのね、息子がこの間、
 スキーを初めてやったのよ。
 そうしたらね、5歳なのにすごく巧いのよ」

姪のひとりが携帯の動画を見せて回った。
そこから、皆の妄想が始まった・・・。

「ほれほれ、見てみぃ。
 こんなにスキーが巧いのなら、
 将来はモーグルの選手にしなきゃ」

「そうそう、今5歳なら、
 あと3、4回あとのオリンピックの選手やて。
 私は絶対、現地に応援に行くでね。
 しわくちゃのほほに
 日の丸描いて応援するでね」

「私も行くわ」

「私は日本におって、
 NHKのインタビューに出るでね。
 『はぁぁ、まずは孫が無事に滑ってくれれば、
  はぁぁ、
  がんばれ〜』
 みたいなねぇ」

「ほんなら、こっちの孫は
 ジャンプの選手にするでねぇ。
 飛べぇ、飛んでくれ〜、ほれぇ〜」

親戚一同、どうやら妄想癖があるらしい。

誰もが引けを取らない妄想が妄想を呼び、
既定の事実であるかのように
話は膨らんで行くのだった。

「でもなぁ、もしも第2エアーで転んだりしたら、
 すんませんでしたぁと謝らんといかんでね」

「そうやて、
 金メダル間違いなしと言われてたのにコケたら
 大変やぞ」

「そうや、帰ってきた息子に
 『なんで、あんなとこで転ぶんや。
  親戚のみんな、恥ずかしてたまらんわ』
 なんて責めたりして」

「そうそう、あんたなら言いそうや」

「かわいそうになぁ、
 息子はこの辺に住まわれんわなぁ」

誰も妄想を止めることをせず、
あたかも現実のことのように物語化していくのだった。

「でもなぁ、
 3回も先のオリンピックだと12年後かぁ。
 かなり先やねぇ」

「そうやねぇ、となると私は、74歳かぁ。
 あれれ、75歳かねぇ」

「おじさんは、80歳くらいや」

私が、

「まぁ、そうなったらそうなったで、
 あんたらの写真、
 遺影を抱いて応援に行ってやるから安心してよ」

そう言うと、
急に全員が現実に舞い戻ったように静まり、
自分が遺影となって抱かれている光景を
想像しているのだろう、
いっせいに虚ろな表情になってしまった。

静まり返ったリビングに、
父と母の声が聞こえてきた。

「孫もひ孫も、
 別にオリンピックの選手にならんでも、えぇ。
 健康なら、えぇ。そんなもんじゃて」

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2010-02-21-SUN
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