MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ダマされていいのはマジックだけ』


このところ、日本のあちこちに出かけている。
各地を訪れて、日本は高齢化社会であるとしみじみ思う。
会場を埋めているのは、
ほとんどお年寄りばかりなのだから。

別に悪いことではない。悪いどころか、
むしろ喜ばしいことだ。
皆さん、健康であるからこそ、長生きをする。
こうして会場まで足を運び、2時間以上もの間、
最後まで笑い続ける体力も知力もあるのだ。

先日、千葉県の香取市を訪れた。
様々な福祉活動に貢献した人々を表彰する会が催され、
私たちは特別ゲストとして招かれたのだ。
普段なら、単なるアトラクション、演芸を楽しんで
もらうのが我々の使命である。
ところが、今回は単にマジックを見てもらうだけではなく、
いかにダマされないで高齢化社会を生き抜くかが
テーマであったのだ。

「そうですねぇ、たぶん70、80代の
 お年寄りが多いと思います。90代の方もいますよ」

日本は高齢化社会だと思っていたが、
今や超高齢化社会なのかもしれない。

不思議なもので、担当の方は59歳であったのだが、
お年寄りばかりの会場ではずいぶんと若く見えてしまう。
役所の担当者であろう20代の方々などは、高校生くらいに
しか見えなくなってしまっている。

「では、1時間と長丁場ではありますが、
 講演よろしくお願いします」

我々が舞台に登場し、まずは少しだけ、
ほんの1、2分間、マジックを披露する。
その後、講演を開始する。

「皆さん、温かくも淡白な拍手をありがとうございます。
 『情けは人のためならず』という格言がありますが、
 拍手も同様です。
 拍手という行動は、
 手のひらの覚醒のツボを刺激する行為です。
 つまり、観客自らが脳を刺激して、
 これから語られるであろう有意義な情報を
 より多く吸収するための事前の準備運動なのです。
 従って、皆さんはより強く、早く、
 小刻みに大きく拍手をすることによって、
 脳をより活性化できるのであります」

確かに高齢の観客ではあるが、反応はすこぶる良い。
私は意を強くして続けた。

「私は、マジックこそが高齢化社会をより健やかにする
 有効な手段であると確信しています。
 なぜなら、驚きこそが皆さんの脳の活性化を
 促進すると思うからです。
 なにげに老人たちを観察していると、表情の乏しい人、
 マジックを見ても驚かない人は、どうやら脳が活発に
 動いていないように思えるのです。
 逆に、驚きを表情に表している人は、
 脳が生き生きとしているように思えるのです。
 もう、極端な言い方をすれば、
 人間は驚いてさえいれば
 脳みそ生き生き、決して死なないとさえ思うのです」

科学的根拠などまるでない私の説ではあるが、
老人たちは大いに納得してくれているようだ。
手前味噌ながら、式典に列席していた静かな老人たちと
同じ観客であるとは思えないくらい笑い、
表情豊かになってくれている。

「さて、笑いが健康にとても良い、
 というのは定説になっていますよね。
 笑いは理想的な有酸素運動だそうで」

などと語りつつ、

「大きな池に、白鳥が数羽、羽を休めております。
 池のほとりを、ひとりのおじさんが歩いています。
 くわえていたタバコを、ポーンと池に投げ入れた。
 すると、白鳥たちが吸い殻に近づいて来た。
 鳥というものは、人間が投げたものは
 エサだと思うものなんですね。

 でも、吸い殻を食べたりすれば、
 体を壊してしまうに違いない。
 危ない、そう思って見ていると、
 白鳥たちはスゥ〜っと踵を返して去って行った。
 ふぅむ、なるほど白鳥、タバコはスワン」

はたして分ってもらえるだろうかという不安は
杞憂だったようで、会場に笑いが満ちた。

更に、

「昔々、東京を江戸と呼んだ時分のことでございます。
 お月様と太陽と雷様が旅をしておりました。

 夜も暮れて旅籠で1泊となり、
 朝を迎えてお月様が言います。

 『太陽さん、
  雷様のいびきがうるさくて眠れませんねぇ』

 すると、太陽も、

 『そうですねぇ、私も眠れなかったですよ。
  どうです、私たち二人で先に行くというのは』

 こうして太陽とお月様は先に行ってしまいました。
 昼頃になってようやく目覚めた雷様は驚きました。

 『あれれ、お月さんと太陽さんは、どうしました?』

 宿の女将さんが、

 『へぇ、お二人は早くに出かけられました』

 それを聞いた雷様が、

 『なるほど、月日の経つのは早いものだ』

 『ところで、雷様はいつお発ちで?』

 『そうだなぁ、私はやはり、夕立ちにしよう』」

門前の小僧ならぬ、
寄席に出演していたマジシャンは
習わぬ小話を覚えていたのだった。

その後、人はいかにダマされやすいかを認識してもらう
マジックの実演を披露、トリックを解説して
ダマされるメカニズムを解説した。

人間は知識、経験、教養があるからこそ
ダマされるのだと思う。
いかに多くの知識、経験を積んできた
人生のベテランであろうとも、
マジックのトリック、新手の詐欺の手口には
コロリとダマされてしまうものなのだ。

まずは、いかに人間が盲点を多く持つ生き物であるかを
認識してもらうために、マジックにダマされてもらうのだ。

さて、最後にもう一度、

『ダマされていいのはマジックだけ』

ですよね、皆さん。

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2010-02-14-SUN
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