MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『願掛け』


神仏に願を掛けるとなれば、
お願いを聞き届けてもらう代わりに
好きなものを断たなければならない。

あの古今亭志ん朝師匠は、
まだ若い時分に不運が続いて、
守り本尊である虚空蔵菩薩に願を掛ける際、
鰻が菩薩の使いであると聴き、
大好きな鰻を40年以上断ち続けたという。

1月の下旬、私たちは徳島で開催される
『東京名人会』に出演するため、
羽田へと向かった。

メンバーは、春風亭昇太師匠、その弟子の昇々くん、
林家木久蔵師匠、
四代目を継がれた江戸家猫八師匠、
曲独楽の三増れ紋(れもん)さん、
そして我々ナポレオンズというご一行であった。
あちこちでよく会う芸人同士ゆえ、
会ったとたんに四方山話が始まり、
そのうちに願掛けの話になった。

猫八師匠が、

「家の親父はね、うぐいすの鳴きまねをしてるから、
 鳥を断ってたね。
 食べなかったね。
 もっとも、親父の場合は断ってたというより、
 元々鳥があまり好きじゃなかったんだよ。
 じゃぁ、僕はっていうと、
 動物全般鳴きまねをやってるから、
 全部断てなんていわれたら、
 食うものなくなっちゃうからね。
 ただ、僕の場合は共食いが嫌だから、
 猫は食わないね。
 どんなに美味い猫だって、食わないよ」

すかさず誰かのツッコミが、

「師匠、誰だって猫は食いませんよ。
 それに、猫に美味いまずいがあるんですか」

昇太師匠が続いて、

「そういえば、柳家〆治師匠は、
 シメジを食べないって聞いたなぁ。
 でも、本シメジは食べるらしいとか」

木久蔵師匠が、

「僕も菊と象は食べません。
 親父も、最近は
 菊と扇は食べなくなりました。
 で、ナポレオンさんは何を断ってるんです?」

私は当然のように、

「もちろん、ナポレオンは飲まないよ。
 焼酎に『下町のナポレオン』というのがあるけどね、
 なるべく飲まないようにしてる。
 あと、マジックに使うハトね、
 あれは単なる道具ではなくて、
 立派なマジシャンのアシスタントだからね。
 だから、ハトは食べないね。
 そりゃぁもう、
 フランス人がいくら旨いから食べろって勧めても、
 食わないね。
 それと、ウサギも食べない」

猫八師匠がぽつり、

「そのかわり、ナポさんは人を喰ってる」

「それなら、アタシはレモン断ちかなぁ。
 なんか簡単なような、難しいような。
 とりあえず、打ち上げで
 レモン・サワー飲むのをやめるわ」

と、れ紋さん。

昇太師匠が独り言のように、

「オレはさぁ、油を断ってるんだよね。
 そんな、ずぅ〜っとじゃないけど、
 ちょっと太ってきた時、油断ちするね」

「おいおい、それは願掛けのために
 断ってるんじゃなくて
 単にダイエットだよ」

見事な全員ツッコミが入った。

人気長寿番組『笑点』のレギュラー、
黄色い着物でおなじみ、
偉大な林家木久扇師匠を父に持つ
木久蔵師匠が急に真顔になって、

「やっぱ、もっと落語がうまくなるためには、
 オレも何か断たないとダメっすかねぇ、
 マジで」

再び全員が声をそろえて、

「あんたは何も断たなくていいよ。
 そのかわり、なるべく早く
 あの親父さんから『独り立ち』しなくっちゃ」

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2010-02-07-SUN
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