MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『シカゴのマジック・スター』


1月の下旬に、シカゴに行くことになった。

シカゴ日本商工会議所が主催する、
『2010年度新年会』の特別ゲストとして
招かれたのだ。
ポスターには、
『5歳以上のお子さんも一緒に楽しめる
 爆笑マジックショーです。
 託児コーナーもございますのでご利用ください。
 お申し込みはテーブル席が消失する前にどうぞ!』
なんという、シャレた誘い文句でなかろうか。

とにかく、初めてのシカゴである。
様々な想像を巡らせながら、
夜明けに成田へと向かった。

飛行機は、1時間遅れでシカゴへと飛び立った。
ビジネス・クラスを用意していただいて、
さっそくワインなどをいただく。
酔ってきたらシートを平に倒してベッド状にして眠る。
なんせ、シカゴと日本の時差は15時間もあり、
昼夜が逆転する日々が始まるのだ。
機内で充分に睡眠をとっておかなければならない。

ベッドのように平になるので熟睡といきたいところだが、
残念ながら飛行機のベッドは時々揺れる。
映画を見つつ、うつらうつら。
夢の中で、飛行機が何かに衝突する夢を見て目が覚めた。
相変わらず飛行機に弱い私である。
しかし、以前のように夢にうなされて立ち上がり、
アテンダントの女性の前でばったり倒れたりはしなかった。
あの時の、アテンダント女性の驚きようったら。

飛行機は定刻通り、無事にシカゴ・オヘア空港に着いた。
あらゆる検査が厳しい米国入国であるが、
お迎えの方のご案内によって、まるで
「オープン・セサミ〜!」
と次々と関門を突破できた。

空港の外には、長さ10メートルを超えようかという
リムジンが停まっていた。
10人はゆうに座れるソファーに、たった3人で乗り込む。
テレビはもちろん、カクテルやワイン用のグラスが
シャンデリアのように輝いている。
冷蔵用のボックスに、シャンパンが冷えていた。
さて、これを飲むべきか飲まざるべきか。
ところが、空港からホテルまでたったの20分。
皆でデジカメを撮り合っているうちに着いてしまった。

ホテルは、一面の雪景色の中にあった。
新年会が催される大きなホールを備えた、
広く新しい建物であった。

「お部屋は10階、スィートでございます」

部屋に入ると、まずは広いリビング。
右にベッド・ルームがあり、
縦でも横でも眠れるような大型ベッドがある。
どちらの部屋も、全面ガラスの大きな窓があり、
外の雪景色はまるで絵画のようだ。

「よろしければ、お食事にでも」

車で20分ほどのエスニック・レストランへと向かった。

「ショッキング寿司がありますよ。
 試してみますか?」

タバスコをかけたような辛さが印象的な巻き寿司が
名物らしい。
確かに、辛さが舌をつねる、珍しい巻き寿司であった。

お迎えはリムジン、
ホテルはスィートを用意していただいたとなれば、
相当にステージを盛り上げて
期待に応えなければなるまい。
もしもウケが悪かったりしたら、
「帰りはこの自転車で、オヘア空港まで行ってください」
などと、態度を豹変されるやもしれない。
とにかくも、ホテルに戻り主催スタッフの方たちと
バーで一杯。

翌日の午後、ホテルから20分くらい離れた
小学校へ向かった。

この小学校は第2外国語を日本語と定めていて、
生徒はかなり日本語が分るという。
それでも、

「英語でしゃべりますか? それとも日本語?」

と訊くと、子供たちが口々に、

「イングリッシュ! イングリッシュ!」

と騒いだ。

「分りました! では日本語でやります」

そうボケてみたのだが、
結局英語でしゃべることになった。
がんばってペラペラと話し続け、
まぁこんなものであろうと自賛した。
後日、この小学校の生徒のブログに、
「おじさんは、なんか分らない言葉を
 しゃべっていました」
などと書かれていた。

3日目には、シカゴ双葉会日本語学校補習校を訪問。
日本語学校だけに、日本人も米国籍の子供も
日本語を相当なレベルで理解するという。
やれやれと安心するも、

「豊かな心情を育む日本語、
 あたたかな日本語を学んでもらいます」

などと説明され、

「みなちゃ〜ん、どうぞ、ございま〜す!」

などの我がしゃべりを封印されてしまった。

もっとも、700人近い生徒さんたちと
記念写真を撮るのが主たる目的らしく、
先生たちはご満悦の様子であった。

写真撮影については、親御さんの厳しい要望が
あるらしい。
「学校内のみならば許可します。
 インターネットに載せるのは拒否します」
などの制限があり、
「◯◯ちゃん、あなたは写ってはダメでしょ」
子供はとにかく友達と写りたくて仲間に入ろうとし、
先生は分別チェックに余念がない。
日本も、いずれそうなっていくのだろうか。

シカゴ3日目、やっと市内観光に行く時間が与えられた。
シカゴ商工会議所のメンバーでもあるガイドの女性に、
あちこちを案内してもらった。
『アンタッチャブル』『バットマン』等、
有名な米国映画に登場する建物などを見学。
首から下げたデジカメで撮りまくり、
正しい日本人観光客となった。

夜は、日本国総領事公邸でのディナーに招かれた。
シカゴで味わう、日本のおせち料理の数々。
日本人シェフが韓国人の経営するスーパーで
調達した食材を料理し、
ヨーローッパ出身のバトラーがサーブする
おせち料理をいただく。
おそらく、一生に一度の経験であろう。

さて、待ちに待った
『新年会マジック・ショー』の日。
スタッフの皆さんは、朝8時から会場入りしている。
我々は10時からリハーサル、照明、
音響は米国人のスタッフゆえ、なかなかに難しい。

普段それほど食べない梅干しを、
海外にいると急に食べたくなり、
ひと粒で劇的に心が落ち着いたりするものだ。

「小松菜を当てないと、困るなぁ。こまっつなぁ」
などというベタなシャレに、
しみじみとした笑いが起こった。

「キューリは、急に、きゅーり見えてきます」
爆笑が続いた。

しょうもないダジャレが、
シカゴに住む日本の方々には懐かしい、
自分たちだけが共有できる味わいだったのかもしれない。

シカゴで、我々はスターになれた。
ふた粒の梅干し、
ジャパニーズアプリコット・スターになった。

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2010-01-24-SUN
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