MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ちゅうしんぐら』


今年も年末、師走がやってきた。
「この件は、じゃぁ、来月に回しましょうか」
なんてわけにはいかない。
「なんとしても、年内に片付けねばなりませぬ」
そうなると、
たいして厳しいスケジュールでなくとも
妙に気ばかり急いてしまう今日この頃である。

そんな慌ただしい年末にも、
ずっと以前にはこの季節ならではの楽しみがあった。

私の年末の楽しみとは、深夜にテレビで放送される
『忠臣蔵』であった。

昔々の映画の『忠臣蔵』から
比較的新しいバージョンのものまで、
ほとんど毎晩のように放送されたものだ。
同じ物語のはずなのに、
作品ごとにいつも違うエピソードが盛り込まれていて、

「へぇ〜、こんなこともあったのかぁ」

なんて、布団に潜り込んでテレビを見つつも、
目を爛々と輝かせたものだった。
繰り返し繰り返し『忠臣蔵』を見続け、
だいたいのセリフまで覚えてしまっている。

最近では、テレビで『忠臣蔵』が放送されなくなった。

時々放送されていた、
時代劇ドラマスペシャルなどと銘打った『忠臣蔵』も
見なくなって久しい。
そうなると、もはや『忠臣蔵』オタクと化している
私などは寂しい限りなのだ。

しかし、現代にはDVDという素晴らしいものがある。
暇を見つけては『忠臣蔵』のDVDソフトを探し
続けている私である。
片岡千恵蔵、市川右太衛門、月形龍之介など、
あまりにも懐かしい俳優さんが出ている作品、
あの長谷川一夫、鶴田浩二、滝沢修などの作品、
また、里見浩太朗、森繁久彌が出演している
テレビドラマ版はすでに購入している。

役者の個性によって、それぞれの大石内蔵助像、
吉良上野介像があり、一度見始めると
必ず最後まで見てしまう。
また、いくつかの外伝、エピソードが
それぞれのDVDによって違うので、
他のバージョンが挿入された作品はないものかと
DVD売り場をうろついてしまう私である。

『忠臣蔵』への興味は、今になっても尽きないのだ。

悲しいことに、『忠臣蔵』を知らない人、
興味のない人がほとんどである。

当然ながら、若い世代の人たちには
さっぱり意味の分からない物語であろう。

「忠臣蔵、ちゅうしんぞう? 何ぃそれ?」

「おおいし、うちぞうすけ?
 きちよしうえのすけ?」

更に、時代劇ゆえの言葉の難しさがある。

「ただ今、浅野内匠頭さま、
 松の廊下にて刃傷あそばされました」

セリフだけ聞いていると、

「にんじょう? にんじょうって何ぃ?
 なんであそんでるの?」

次第に腹がたってくるので、
姪や甥たちとは一緒に観ないことにしている。

『忠臣蔵』をこよなく愛しておられる年配の方が
近所に住んでいて、時々買ってきたDVDを一緒に観る。
お互いに、もう何度も観たエピソードを
前のめりになって観るのである。

また、故郷に住む父母にも
『忠臣蔵』のDVDを見せてみた。

すると、ともに88歳を過ぎた父母は画面に見入って、

「はぁ〜、東千代之介じゃなぁ。
 ほぉ〜、山形勳じゃなぁ、これは」

「中村錦之介も出ちょるなぁ。
 ほれほれ、進藤英太郎じゃぁ」

なんと役者の名前を完璧に覚えているのだった。
最近は、なんだか物忘れが多くなった父母であるのに、
こと『忠臣蔵』に出ている俳優さんならば
すべてそらんじていて、
食い入るように見続けるのであった。
ありがたいことに『忠臣蔵』は
老いた父母の脳の活性化にも
大いに役立ったのであった。

私は、『水戸黄門』も大好きだ。
毎週放送されている今のテレビドラマも、
毎日午後に再放送されている古いものも
楽しみに観ている。

仕事で観られない時は、しっかり録画して観ている。

どうして、こんなに『忠臣蔵』と
『水戸黄門』が好きなのだろう。

いつものようにBARで飲みながら、
隣の常連さんに訊いてみた。
すると、

「それはねぇ、心理学的に言うと、
 あんたが普段から押さえ込まれているという
 フラストレーションがあるからですよ」

という診断を下すではないか。

「『忠臣蔵』を見ている時、誰に共感しているの?」
 それはもう、浅野内匠頭に決まっているでしょ?」

無論のこと、無念の死を遂げざるを得なかった
浅野内匠頭、大石内蔵助を中心とする
浅野家の家臣たちに
シンパシーを感じるのは当然ではないか。

「では『水戸黄門』では?」

当然、いつも善良なる民衆、痛められ苦しめられ
騙され裏切られられる人々に共感し、
番組終了の15分前の
ハッピーエンドを心待ちにしつつ観ているのだ。

「やっぱりねぇ。
 君はねぇ、おそらく仕事先で虐げられたり
 バカにされたり、笑われたりしていて、
 心の中で悔しい思いをしているんだよ。

 それで、最後に仇討ちを遂げるとか、
 印籠をかざして悪人どもをひれ伏させるシーンに
 感動してしまうのだよ。

 いかんなぁ。
 君の心は悔しさを相当に溜め込んでいて、
 おのれ〜、とか、これでも食らえっ、
 とか叫んでるんだよ」

聞いているうちに、
確かに過去のいくつもの悔しい出来事が
思い出されてきた。

「それでも、あんたは小心者だから
 ついつい耐えてしまうんだろ?
 反抗なんて、できないだろ?
 小心者だから」

おのれ常連客、
黙って聞いておれば小心者、小心者と。

ワインで相当に酔っぱらってきた私の目には、
常連客の顔が、だんだんと
憎っくき吉良上野介の顔に見えてきたではないか。

おのれおのれ常連客、いや吉良殿、今宵こそはせめて
一太刀・・・。

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2009-12-20-SUN
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