MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『古い日記・最終章』

発見した古い日記は、
フランスのホテルの便せんに書かれていた。
そこには、小さな文字でびっしりと、
わりと丁寧な文字が並んでいた。
きっと、様々に心細いばかりの旅先のホテルで、
ひとり自分を励ますように
書き綴ったに違いない。
そんな当時の気持ちを思い出させる、
古い日記の最後の数枚。


11月11日
長かったこの旅も終わりが見えてきた。
帰りの飛行機の予約の再確認もしなければならない。
それに、そろそろ旅の土産も欲しいところだ。
私は、この地に長期滞在している
M氏に聞いてみた。

「ここのお土産には、
 何がいいでしょうか?」

すると M氏はしばし黙考した後、

「残念ながら、
 そんなに珍しいものはないでしょうね。
 まぁ、あるとしたら、
 アンモナイトとか三葉虫の化石とか・・・」

Mさん、もう充分に珍しいですよ。
あちこち行きましたが、
化石のお土産は買ったことがない。

なるほど、村のあちこちに
テーブルに化石を並べて売る人々がいた。
いつものように、
まずは100倍の値段から
交渉をスタートさせなければならない。
これはもう、この地の伝統文化なのだ。

お土産といえば、
頭をすっぽり覆うスカーフも買った。
このスカーフを頭に巻いてラバに乗っていると、
本当に砂漠の民になったような気分だ。
だが、実はまったくのよそ者の民であることがラ
バには分かるらしく、
時々体を揺すって私を落とそうとする。
仕方なく降りて手綱を引こうとするのだが、
ラバは遠慮なく前進してしまうのだ。
その後を必死で追うという、
情けない砂漠の民であった。
M氏によると、ラバにあごや腹を蹴られて
亡くなる人もいるというから恐ろしい。
ラバはおとなしい動物というイメージがあるが、
必殺のキックの持ち主でもあるというのを知った。

幸いにも、ラバのキックを
寸でのところで避けた私は、
手にかすり傷を負っただけですんだ。
同行の放送作家氏曰く、

「とばっちり、じゃなくて、ラバっちり。
 ミスター・ラバッチリ」

嬉しくもない命名をされてしまった。


11月12日
いよいよフランスへの帰路に着くため、
スタッフとともに空港へと向かった。
この国を去る時が来て、
様々な感慨が押し寄せてきた。
すると突然、そんな感慨もおかまいなしの宣告があった。
同行のツアー・コンダクターが、

「すいません、
 航空チケットの2枚分がキャンセルされています。
 再確認していなかったので」

再確認しようにも、宿泊先の村のホテルには
使える電話などなかったのだ。

コンダクター氏と空港側との交渉も決裂、

「ごめんね、パリで待ってるよ」

収録済みのテープを大事そうに抱えて、
タラップを上るディレクターとスタッフ一行であった。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
偶然空港に居合わせた日本大使館の人が、
別の空港への行く先を教えてくれたのだ。
バスに乗ってもうひとつの空港へ行けば、
今日中にはパリへ移動できるとのことであった。
ありがたいアドバイスではあったが、
後日聞いたところによると、
私たちの座るはずだったシートには
二人の日本大使館員が座っていたらしい。
そのお二方を見送った大使館員の方が、
哀れな我々を救ってくれたのだった。

走るバスの車窓に、男を乗せたラバが見えた。
首を振り降り、ゆっくりと進むラバは
どんどん小さくなっていく。
バスは先を急ぎ、この先乗り換える飛行機は
すさまじいスピードで移動していくことだろう。
思えば、この数日間の旅の、
実にゆったりとした時の流れであったことだろう。

急に、この地に長く滞在を続ける
M氏の言葉を思い出した。

「うん、なぜですかねぇ、この地に居続けるのは。
 時々は日本に帰るのですが、あの、
 とにかくスピードについて行けない気がしますね。
 どこへ行くのかも分からないのに、
 とにかく前へ、前へ、ですから。
 まぁ、私はここで、
 まだまだ旅を続けることになるでしょうね」

私は、急いで帰ろうとしている。
どこへ、何のためにかは分からないままに。

             (終わり)

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2009-08-02-SUN
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