MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続々々・古い日記』

11月9日
朝一番で、街から遠く離れた村へと移動。
村にはM氏の関わる銀山があり、
坑道を案内してくれるという。

車からラバに乗り換え、
しばし草木の生えていない殺風景な山道を進み、
やっと平たく整地された場所に到着した。

「ちょっと深いですけれどね、
 降りてみますか」

地下200メートルまで掘り進められた坑道を、
始めはただの鉄でできたカゴのようなエレベーターで
降りて行く。
そこから先は歩いて進むしかない。
横に巡らされた坑道の壁一面は、
純度99パーセントの銀鉱石だという。
一見すると黒い石のようにしか見えない壁なのだが、
鈍く濡れたような光を放っていた。

1時間ほどで地上に戻り、
鉱山で働く人々のための宿舎に移動した。
宿舎といっても、ちょっとしたホテルのような佇まいだ。
今夕は、現地の鉱山技師たちが
私たちのためにパーティを開いてくれるという。

今夜はこの宿泊に一泊するのだが、
部屋に電話などはなかった。

「回線が多くないので、
 電話があったとしても
 1、2時間は平気で待たされますよ」

M氏の言葉で電話は諦めたが、
このお風呂の設備はなんとかならないだろうか。
バスタブがないのには慣れてしまっているが、
このシャワー室の狭いこと。
それに、水圧が弱いせいか、
まるで天井からの雨漏りの水で洗っているようだ。
かろうじてお湯といえる水で、
ほとんど泡立たないシャンプーをすませた。

窓の外はすでに闇に包まれていた。
もちろん街のネオンなどないので、
灯りといえば遥か遠くの民家の窓くらいか。
しかし、まるで手が届くように思えてしまう星また星。
欧米のホテルといえば
3つ星のホテルとか4つ星とかを自慢しているが、
ここは数えきれないほどの星々ホテルだ。

食堂に集まり、ささやかな祝宴が始まった。
普段はアルコールを飲まないそうだが、
他国からの客がある場合は飲んでもよいという。
ならばいただきましょう、
意外やヨーロッパのビールやスコッチなどが
用意してあった。

しばらくすると、旅の疲れもあって酔いが廻ってきた。
だが、私たち以上に酔っぱらってしまった
現地の技師さんがいた。
それを眺めつつ、M氏が、

「普段からアルコールを飲み慣れていないんでね、
 こちらの人はすごく酔っぱらうのですよ。
 ただ、こうして公の場で酔ってしまうと、
 まず出世はできませんね。
 それどころか、
 仕事を首になってしまうことだってあるのですよ」

それは怖い、私だったら毎晩、
首になっていなければならない。
そう思いながらM氏を見ると、背筋をピンと伸ばし、
穏やかな表情を見せつつも
決してくだけた様子を見せていないのだった。
まるで部下である兵士たちの前に立つ鬼軍曹のように、
目が鋭く酔っぱらった技師を見つめているのだった。

「鉱山技師というのは、なかなかなれない職業でね。
 扱っているのも銀鉱石ですからねぇ。
 つまりは、この国では
 エリートしかなれない職業なのですよ。
 だから、酔っぱらって上司の前で
 醜態を見せようものなら、
 すぐに首、なんてことにも・・・」

私は、酔った人の良さそうな若い技師の行く末を案じた。
私たちが来たせいで首になってしまっては、
あまりにも可哀想ではないか。

「Mさん、どうか許してやってくださいね」

そう小声で告げると、M氏は、

「なぁに、明日、
 廊下に立たせるくらいで済ませますよ」


11月10日
村を出て、車を走らせること4時間。
途中で運転を務める男が泣き出した。
車を停め、外に出て号泣するではないか。

「オレはこんなに長く車を運転したことはない。
 もう限界だ」

M氏が、そうかそうか悪かったとお札を握らせると、
運転手は大いに反省し、

「貴方たちのために、どこまでも走るよ」

砂漠が見えてきた。
しばし砂漠を走ると、前も後ろも砂漠となって、
自分たちがどんどん小さい存在になっていった。
遠くに建物のようなものが見えてはいるが、
まるで蜃気楼のように心もとなく揺れている。
ふと後方を振り向くと、
砂漠を紅く染めて陽が沈むところだった。
私たちは無言で見つめた。

しばらくして、ようやく今夜の宿に到着。

「この辺では一番大きい村です。
 ホテルも4つ星、
 電話もちゃんとありますよ」

M氏の言葉にホッとしつつ部屋に入り、
黒い電話の受話器を持ち上げてみた。
しかし、何の音もしないのであった。
フロントで電話について質問をしてみると、

「そうねぇ、
 電話はもう12年くらい使ったことがないから、
 分かりません」

困った。
今夜こそ、帰りの飛行機の予約を
再確認しなければならないのだ。

             (まだまだ、つづく)

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2009-07-26-SUN
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