MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続・古い日記』

11月6日
夜がやってきた。
東京の夜と違って、街の灯りがほとんどない。
その代わりに、満天の星が降るように輝いている。

車は、元侍従長の広大な邸宅に着いた。
庭には花々が咲き乱れ、中央には大きな噴水がある。
砂漠の多いこの国では、噴水は富の象徴であるという。

中庭に仮設のステージが設えられ、
賓客のための椅子が並べられていた。
電気照明はごく限られていて、
我々を照らすのは中庭のあちこちに置かれた
松明の炎のみであった。

小さなマジックから始めたのだが、
予想外に受けた。
だが、それは我々の実力というより、
暗闇の中、松明の炎のみに照らされているという、
マジックには最適の設えにあったのだ。

最後に、大きな箱に縛られたまま入り、
外の人間と一瞬のうちに入れ替わる
というマジックを演じた。
入れ替わると同時に、昼間のうちに買っておいた
民族衣装に着替えるという、今夜のための演出も加えた
入れ替わりのスピードと、
ご当地の衣装に着替えたのが受けて、
ざわめきと同時に大拍手が起きた。

この国にはプロのマジシャンというのは
存在しないという。
日頃、海外の文化に接する機会が多い高官の人たちも、
マジックは初めてだったらしく、

「あの箱の、
 入れ替わりの仕掛けはどうなっているのか?」

という質問が殺到してしまって閉口、

「実は、トリックを説明するのには、
 このマジックの発明者の了解を
 得なければならないので、
 1、2ヶ月お待ちください」

そう答えておいた。
このマジックの発明者を、私はいまだに知らないのだが。


11月7日
M氏宅に寄り、共にこの国で一番大きいという都市へ。
途中の道端で露店を見つけ、コーラなどを買う。
パンやお菓子なども売っているのだが、
すごい量のハエが集っている。
店番の子供が草の葉で追ってはいるのだが、
まるで効果などない。
遠くから見ると、黒いパンのように見える。
しかし、本当は普通のパンなのだった。

スタッフを含めて7、8人分の
コーラの代金を支払おうとすると、M氏が一言、

「必ず吹っかけてくるから要注意ですよ」

その通りで、店番の子供がコーラ数本の値段が
5万円だと言ってきた。

M氏は慌てず騒がず、

「君、計算書はあるのかい?」

すると、子供が、

「700円でいいよ」

これまた慌てず騒がず。

M氏によれば、
現地にはこのような手合いばかりなのだが、

「同じ吹っかけるのでも、2、3倍、
 せめて10倍程度だったら
 バレずに払ってしまうでしょうが、
 100倍も吹っかけるから、
 逆にバレちゃうんですよ。
 不器用というか、可愛いというか」

もし100倍で売れたら、
彼らは数日間働かないで遊ぶのだという。
日常の小さなギャンブル、といったところだろうか。


11月8日
いよいよ大都市の中心部にある広場へと向かう。
ここはその昔、罪人の処刑場所であったという。
今は、あらゆるジャンルの大道芸人たちが集まるので
有名になっている。

今回、我々がここを訪れた最大の理由は、
この広場でマジックを披露することにあったのだ。
おそらく、東洋人のマジックなど
この広場の人たちは見たことなどないに違いない。
はたして、反響はいかがなものだろう。

さっそく広場の中心に行ってみる。
すると、ヘビ使い、猿回し、アクロバット、火吹き男、
身体中にハリを刺す人。
それらを見守る人々に
怪しげなものを売りつけようとする男、女。

さて、我々もマジックを始めてみなければ
人も集まらない。
さっそく小さなマジックから
スタートしたのだが・・・。

             (つづく)

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2009-07-12-SUN
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