MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『それでも、信じたいのです』

父の投稿した短歌が地方新聞に掲載された。

「本当はなぁ、
 あんまり良い出来ではなかったんじゃ。
 だから、まさか入選するとは思わんかったでなぁ。
 もうちょっと、良いのだったら嬉しいんじゃが」

記事が掲載されて後、
しばらくして父に電話があった。

「貴方様の短歌を新聞で拝見いたしました。
 実に素晴らしい短歌で、
 私は心底感銘いたし・・・」

電話の相手はしきりに父の短歌を褒め、
他の人の入選作ともども一冊の本にする計画で、
その制作費として三十万円用立ててくれと言う。
つまりは、新聞に掲載された人たちに電話をかけて
お金をだまし取ろうとする詐欺話であったのだ。

「作品の出来に自信があったら、
 ひょっとしたらだまされたかもしれんのう。
 振り込め詐欺の電話もあったし、
 最近は田舎でも油断できんなぁ」


アメリカのマジシャンが来日した。
訪米すると、いつもあれこれもてなしてくれる
友人である。
私はたまのお返しと新宿の中国料理店に招待し、
美味しいディナーを振る舞った。
楽しい時間を過ごし、
さて支払いをと胸ポケットの財布を取り出そうとした。
だが、確かにあった財布がない。
椅子の背にジャケットを掛けておいた際に
掏られてしまったのだ。
結局、支払いは友人にしてもらい、
電車代も借りて交番へと向かった。
盗まれた私のクレジット・カードは使われたが、
保険が適用されて
私自身の損失は現金のみであった。

岐阜の田舎から上京して数十年が過ぎたが、
私はそれまで一度も掏摸や詐欺の被害に遭わないできた。
それどころか、実に多くの人の親切を受けて
暮らしてきたのだった。
それゆえ、お金を盗まれたことより
人を信用、信頼できなくなったことの方が辛かった。
財布と一緒に、これまでの楽しい都会暮らしの思い出も
盗まれてしまったように思えてならなかった。


新宿の地下道を歩いていると
『NPO ○○被害者を救う会』と書かれた
黄色い旗が見えた。
旗の前に、数人の中年女性が箱を持って立っていた。
私は千円札を箱の中に入れた。
その時、奇妙な違和感のようなものを感じたが、
それが何かは分からないまま過ぎた。

数週間後、新聞記事を見て我が目を疑った。
私が寄付をした団体がまったくの偽りで、
寄付された巨額の現金のほとんどが
使途不明になっているというのだ。

その記事を読んで、
私は千円札を箱に入れた時の違和感の原因に、
やっと気付いた。
箱にお札を入れ視線を女性に戻した瞬間、
女性が私の視線をそらしたのだった。
箱を持った女性は、

「どうも、ありが・・・」

などとつぶやきながらも、
決して私と視線を合わせようとはしなかったのだ。

以来、駅前などで寄付を募る人々の表情を
繁々と眺める癖がついてしまった。

世の中、悪い人の方が圧倒的に少数だとは思う。
お陰さまで、掏摸の被害にあったのも
偽りの団体に寄付をしてしまったのも
それぞれ一度限りだ。
しかし、たった一度でも、
心にぬぐい去れない痛手を被るのが人間のようだ。


「一度マジシャンを呼んだことがあるのだけれど、
 ひどい目にあってね。
 それ以来マジシャンを使ったことがないのですよ」

あるホテルの宴会担当者から聞いた話である。
たまたま、呼んだマジシャンが悪かっただけなのに、
彼にとってマジシャンは
信用できない存在となってしまったのだ。


どうか皆さん、マジシャンをだまさないでください。
マジシャンを疑わないでほしい。

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2009-06-28-SUN
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