MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ありがとう、さようなら』

初めて、その存在に気づいたのは
いつのことだったろうか。
もう、ずいぶん以前のこと、
あるテレビ番組の収録で一緒になった時が
最初の出会いだったと思う。

当時はまだ想像もできなかった、
世界マジック・コンテストに挑戦するための
国内予選が行われていた。
日本中からプロ、アマチュア・マジシャンたちが、
世界に羽ばたくチャンスを得るための、
いわゆる登竜門を目指して
マジックの技を競う場だった。

彼は若かった。
しかし、テクニックはすでに
円熟の機を迎えているかのように華麗だった。
加えてスラリとした長身、誰もが認める美男、
つまりは私にとって実に目障り、嫌な奴だった。

当然のごとく、彼のマジックは注目を浴びた。
だが、当時のマジック界の何かが
彼に不利益となり、
世界マジック・コンテストへの挑戦は
叶わなかったように記憶している。
同じく、私たちの野望も
はかなく消え去ったのであった。

私たちは、それでも諦めることなく
マジック界に留まった。
私たちは付かず離れず、
様々なマジック・イベントで
顔を合わせた。
お互いを、強く意識しながら。

時は流れ、
彼と私たちの境遇に多くの変化があった。
それでも、私たちはあちこちで出会った。
そんな出会いを重ねる度に、
言葉だけではないコミュニケーションが深まった。

新進気鋭のマジシャンは
いつしか日本のメディアから距離を置き、
世界中で開催され続けている
マジック・コンテストの常連となっていった。
彼のマジック・テクニックは高く評価され、
とうとう世界最大のマジック・コンテストの
テクニック部門で優勝するまでに至った。

日本のメディアもやっと彼の技術を認めて、
様々な番組で紹介されるようになっていった。
ところが、何年もかけて習得した技術が、
テレビ番組ではたった一回で
使い捨てにされる運命でしかなかったのだ。
「次回は、また新しいのをよろしく!」
相当に辛い宣告だったに違いない。

彼は再びメディアから遠ざかり、
マジックの道具を売ったり
テクニックを教えるマジシャンとなっていった。

ある日、久しぶりに
マジックの技術等を検証するというテレビ番組で
一緒になった。
美少年は落ち着いた大人の男性となっていて、
楽屋で彼独特の技術の仕上げに余念がなかった。
かつてのギラギラとした野望の代わりに、
穏やかでさりげない大人のマジシャンを演じていた。

放送を見て、私は確信をした。
とうとう、彼は自身の集大成ともいえる演技を
完成させたのだと。
この番組は、彼のパフォーマンスの全てを
余すところなく収めていたのだった。

「素晴らしいよ。
 なんだか、相当に時間がかかったけれど、
 やっぱり、素晴らしいマジシャンになったよ」

そんな私の賞賛の言葉にも、
彼はかすかに微笑を返すのみだった。

そんな彼が、
あまりに急な別れを告げるとは、
夢にも思っていなかった。
病んでいるという情報を聞いていても、
すぐに治して戻ってきてくれると思っていた。

これまで長い間、
すぐ近くのレールを
同じようなスピードで走ってきたように思う。
まだまだ続くと思っていた彼のレールは、
突然に終着点を迎えてしまった。

私たちのレールはもう少し伸びているようだ。
これからも、時々君のことを振り返りながら
進もうと思う。
これまで、ありがとう。
さようなら、天才マジシャン。

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2009-05-31-SUN
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