MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『京都の春』

3月の下旬、京都に行ってきた。
プライベートな旅ではなく、
日帰りロケなのであった。

新幹線の車内で、

「京都駅からタクシーで20分くらいですかねぇ。
 有名な嵐山の船、屋形船ですね、
 それに乗ってもらいます。
 だいたい晴れらしいですねぇ。
 東京みたいに寒くはないらしいですよ」

3月下旬、
東京は季節外れの寒さが続いているのだが、
京都は春の日差しを浴びて
桜が咲き誇っているのだろうか。

京都駅に着き、タクシーで嵐山に向かった。
やや薄曇りの空を見ながらタクシーの窓を開けると、
東京よりも冷たい風が吹いていた。

「いやぁ、京都もここんとこ寒いんですわ。
 桜も、ちぃっとも咲いてませんしねぇ」

嵐山に着いた。
川面にたくさんの屋形船が係留されていて、
観光客が次々と乗船して上流に向かって行く。

「今日は寒いんで、
 あぁしてビニールで囲ってます。
 中は暖かくなってますんで、
 安心してください」

ベテランの船頭さんが、穏やかに話してくれた。

今回のロケの目的は、
船頭さんになるために一生懸命努力している
新米の船頭さんの奮闘ぶりを伝えるというものであった。

「えぇっと、
 放送は4月半ばになりますんで、
 小石さん、春っぽい軽めの服装でよろしくです」

厚手のコートを脱ぎ、
シャツに薄手のジャケットに着替えて船に乗った。
川面に吹き渡る風は凍えるように冷たいが、
ビニールにぐるりと覆われた船内は
ほんわりと暖かい。
しかも、湯豆腐の鍋から湯気が出ていて、
目にも温かい。

「すいません、
 このビニールがあると周りが撮れないし、
 やっぱ春らしくしたいんで、取っちゃいます」

ディレクターの指示に、
スタッフがてきぱきとビニールを剥がした。
一瞬にして寒風が温もりを奪い去って行った。

「こちらが新人の船頭さん、
 Tさんです。
 まだ今月から練習を始めたばかりですけど、
 かなり上達してるらしいんですよ」

船は上流に向かって漕ぎだされた。
寒い、あまりの寒さに体が勝手に震えだすほどだ。
それでも、

「Tさん、船の難しさって、どういうところですかね」

などと、台本に用意された質問をしなければならない。

「Tしゃぁん、
 船にょ難しゅいちょこりょは、あにょう」

口がかじかんで、うまくしゃべれないのだった。

せめて湯豆腐で暖まろうと、
鍋のふたを開けた。
だが、湯気さえも上がってこない。
それでも、豆腐が口の中をじんわりと温めてくれた。

「刺身も、食べてください」

ディレクターの指示で、刺身に箸を伸ばすのだが、
手がかじかんでうまくつかめない。
やっと口に入れると、歯にしみそうだ。
そこで、湯豆腐ばかり食べてしまう。
いっそのこと、この鍋に入りたいくらい、
体が冷えてしまっているではないか。

ダウンコートを着たディレクターが、
台本に書かれたセリフを指示している。
私はブルブルと震えながらも、

「いやぁ、良い季節になりましたねぇ、
 はぁ〜、
 川面をわたる春の風が気持ち良いですねぇ、
 わっはっは」

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2009-04-05-SUN
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