MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続々々・残されたもの』

「皆さん、
 このマジックの名前はご存知でしょうか?
 これこそ、
 あの有名な『ギロチン』です。
 上に取り付けられている大きな刃が、
 一気に落ちて下の穴にあるものを
 瞬時に切断してしまうのです。
 試しに、まずはこの大根でやってみましょう」

マジシャンの合図でロープが離され、
衝撃音とともに大根が切断されて
ステージをコロコロと転がった。

「さて、練習はここまで。
 これからが本番です。
 ではお客様、
 この穴の部分に大根、
 ではなくて、
 お客様の頭を入れていただきましょう」

私はまるで催眠にかかったように、
マジシャンの言いなりになって
頭を穴の中に入れた。
客席から園児たちの声が聞こえてくる。
みんな、
「止めて〜!」
と叫んでいるようだが、
鳴り響いている音楽で
彼らの声はかき消されてしまっている。
私にはいつしか音楽までが聞こえなくなって、
遠い昔のことだけを思い出していた。

あの頃、
私は連日のようにステージに立っていた。

いつの間にか経験が積み重なって、
私はショー・ビジネス界での成功例、
シンボルのようになっていた。

ステージを支えてくれるアシスタントたちは、
いつかは私のようにと夢見、
ステージを彩る女性ダンサーたちは
私の関心を引こうと妖しく肢体をくねらせていた。

少しずつ、ステージのあらゆることが
私の手から離れ、私はただステージで照明を浴び、
まるで漂っているばかりの存在になっていた。

あれほど熱心に練習し、
念には念を入れてすべてのマジック道具をチェックした
私であったのに、大切なそれらを
周りに預けてしまっていたのだった。

あの事故の直後、
私は必死になって
起きてしまった事実を誰かのせいにしようとした。
事故は、あくまで私以外の誰かの怠慢で
起こってしまったのだと信じようとした。
だが、
「責任のすべては、私にしか、ない」
という、私自身の声は消えようとはしなかった。

マジシャンが私のすぐ側に来た。

「どうです、今の気分は。
 さぞかし恐いことでしょう。
 園長先生、ずいぶんと捜しましたよ。
 あなたに、
 どうしてもこの恐怖を
 味わってもらわなければならないのですよ」

マジシャンは、
もう観客に語りかけているのではなかった。
マジシャンが話している相手は私、
私ただひとりだったのだ。

「もうお分かりでしょう?
 もう気づいているのでしょう?
 僕は、あなたに父を殺された者です。
 あの日、ステージに上げられて、
 何も分からないままに命を奪われた
 哀れな男の息子ですよ。
 まだ小さかった僕でも、
 あの日の父の無念は忘れない。
 残された母の想いも忘れない。
 僕はサーカス団の一員となって、
 日本中を廻ってきました。
 それは、ただ、あなたを、
 父を殺した憎むべき男を
 探し当てるためだったのですよ。
 そうして今、僕は確信しています。
 あの日、僕の父に刃を落としたのは、
 あなたなのだと。
 違いますか?
 あなたですよね」

本当ならば、恐怖のあまり力の限り暴れるはずだ。
なのに、私はむしろ落ち着き、
安堵さえしていた。
これで、これでやっと私にのしかかっていた
重しを降ろせるような気がしたのだ。
長い年月の間、私が待ち望んできたものは、
これだったのかもしれない。
私はマジシャンの声に応えず、
ただ静かに自らの呼吸を聴いていた。

「さぁ、
 僕の復讐を受けるがいいっ!」

ロープが離され、
重い刃が落ちてくる摩擦音が聴こえてきた。

あの事故の瞬間から今日までの出来事が、
まるでパノラマのように流れている。
目を閉じたまぶたの奥に、
これまで出会った人たちの顔が次々に現れてくる。

不思議なことに皆優しい笑顔で、
まるで私のこれまでの人生を
祝福してくれているかのようだ。

皆さん、これまでありがとう。
さようなら。



私は、生きていた。
大きな刃は、
私の首をかすり傷さえつけることなく
通過して落ちていた。
マジシャンのアシスタントに抱き起こされ、
私はよろよろとステージ中央に立った。
静まり返っていた客席から、
園児たちの叫び声が大歓声になって聞こえてきた。

「あの声が聴こえるか、
 お前のことを想って
 泣いていた子供たちの声が。

 お前が、もし一瞬でも命乞いをして
 暴れたりしたなら、
 僕はきっと刃をお前の首に落としただろう。
 だけど、お前は僕の言うことを
 静かに聴いているだけだった。
 なぜだ?
 なぜだ?
 僕は結局、復讐することができなかった。
 なぜだ?」

若きマジシャンは、
泣きながらステージに立ち尽くしていた。

(つづく)

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2008-12-07-SUN
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