MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続々・残されたもの』

執行猶予の判決を受けた私は、
その後二度とステージに立つことはしなかった。
様々な問題に対しては、
藤堂社長がすべて真摯に対応してくれた。
私は藤堂社長に甘えて、
ただ部屋に引きこもっていた。

「香坂君、
 亡くなった方のご遺族には
 私が誠心誠意お詫びし、
 償っていくつもりだ。
 君はゆっくりでいい、いつか立ち直って、
 君なりの今後の人生を見つければいい。
 君の人生はまだまだ続くのだから」

時は過ぎ、私は早くも60歳になろうとしている。
藤堂さんも数年前にこの世を去ってしまった。
ステージを手伝ってくれていたスタッフたちとも、
音信が途絶えて久しくなった。
時間だけが駆け足で過ぎていった。

私は故郷に戻り、遠い親戚の寺に住みついたのだった。
親戚の夫婦には二人の息子がいたが、
ふたりとも寺を継ぐことを嫌い、
寺を出て都会へ行ってしまった。

「真や、どうだろう、
 お前さえよければ、
 この寺を継いでくれないか」

そうして寺を継いで、もう25年、
4半世紀が過ぎようとしている。
寺が運営している幼稚園の園長になり、
子供たちの成長だけを見つめる日々が続いた。

「隣の街にサーカス団が来ていて、
 5月まで公演しているそうですよ。
 どうです、園児たちに見させては」

園の先生たちも園児の親御さんたちも、
大いに乗り気になっていた。
ことさらに反対する理由もなく、
私たちはバスを設えてサーカス会場へと向かった。

白いテントが見えてきた。
思った以上に大きく立派な施設のようで、
駐車場には多くの車が停まっていた。
車やバスから降りた人々が、
長い列となってテントに吸い込まれていく。

「は〜い、皆さん、
 ゆっくりと、ちゃんと前を見て、
 はぐれないように付いてきてね」

園児たちの列の最後尾を、私もゆっくりと歩を進めた。

すり鉢状になった客席に囲まれた、
円形の舞台が見える。
舞台奥には、3メートル四方くらいの
高いステージがあった。

園児たちと一緒に、象や熊、
ライオンやトラなどのショーに見入った。
1時間も過ぎた頃、
会場が暗くなってスポット照明が奥のステージを照らした。
その照明の中に登場したのは、マジシャンだった。
30代くらいのマジシャンは、
純白のハトを次々と出現させて観客を魅了していた。
園児たちも次々と現れては頭上を飛び回るハトに
歓声を上げている。
ハトは、テントの天井あたりを1周して
ステージの奥へ吸い込まれるように戻って行った。

「さて皆さん、これからご覧いただくのは、
 とても不思議なマジックです。
 さて、どなたかに手伝っていただきたいのですが」

マジシャンは、
満席の客席を縫うようにして近づいてきた。
園児たちが、マジシャンの手にしている
魔法のステッキに触れようと、
あちこちから手を伸ばしている。

「さぁ、みんな、
 誰か僕のマジックを手伝ってくれる人はいるかな?
 できれば大人の人、男の人がいいなぁ」

ひとりの子供が叫んだ。

「園長先生!」

すると、その声をきっかけに、

「園長先生!」

という声があちこちから沸き上がった。

「そうかぁ、じゃぁ、
 君たちの園長先生に
 お手伝いしてもらいましょう!」

とっさに逃げることもできなかった私は、
マジシャンに促されてステージに向かった。

「さぁ皆さん、こちらの男性、
 園長先生だそうです。
 園長先生にこれから
 素晴らしいマジックを体験していただきます。
 では、イリュージョン・マジックの用意を!」

マジシャンのかけ声で、
ステージに大きな道具が運び込まれた。

(つづく)

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2008-11-30-SUN
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