MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『パソコン』

いつものように、
パソコンに向かって原稿を書いていた。
もう8年も、このパソコンを愛用している。
友人のマジシャン、M君が設定してくれた
大切なパソコンである。

『老マジシャンは、
 毎日欠かさない庭の薔薇の手入れをしていた。
 薔薇は老マジシャンの愛情に応えて、
 今日も鮮やかに赤く咲き誇っていた。
 そのバラの香りを嗅ごうと、
 老マジシャンが身を屈めたとき、
 彼の心臓は唐突に鼓動を停止した。
 小さくうめいた老マジシャンは、
 そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

 翌年も、老マジシャンの妻によって
 手入れされた薔薇は
 美しく咲き乱れていた。
 変わらぬその鮮やかな赤を愛でようと
 妻が窓を開けると、
 不思議なことに一部の薔薇が
 白い薔薇に変色していたという。
 あの老マジシャンが若き日に得意にしていた、
 赤い薔薇を白に変えるマジックのように』

そんな原稿を書いていると、
なんだかパソコン画面が白くぼやけてきたのだった。
あれれ、目がかすんできたかなと
こすってみるのだが、
更に画面の文字が溶けるように
消えていくではないか。
文字が判読できないほど薄くなって、
私は初めて目のせいではなく
パソコン画面が白くなっていくに気づいたのだった。

あわてて原稿を終了させ、
メール画面を立ち上げて添付し、
ノート・パソコンへの送信ボタンをクリックした。
すると送信音が聞こえ、
その後パソコン画面は
完全に真っ白になってしまったのだった。
ノート・パソコンを開けると、
メールに添付された原稿は無事に届いていた。

「もしもしM君、
 なぜだか急にパソコンの画面が
 白くなってしまったのだよ。
 どうすれば、良い?」
親切なM君は、
「そうですか、
 もう何年使っているんでしたっけ?」
私が、
「8年目だと思うよ」
そう答えると、
「だいたいパソコンの年齢は6倍か7倍ですから、
 小石さんのは48歳から56歳くらいですかねぇ。
 となると、そろそろパソコンとしての
 寿命かと思いますねぇ」

なんと、このパソコンは私の年齢と
ほぼ同じということになるではないか。
「Mくん、それだと僕もそろそろ‥‥」
「ははは、小石さんはまだまだ壊れませんよ。
 大丈夫ですよ」
M君の明るい笑い声が聞こえてきた。

このパソコンで、
私の初めての小説『神様の愛したマジシャン』の
原稿を書き上げたのだった。
毎日のように画面に向かい、
大量に残してしまった夏休みの宿題に
追われるような気持ちになりながら、
懸命にキィを叩いたのだった。

後日、銀座で新しいパソコンを買った。
画面は大きくきれいになっていて、
新しい便利な機能も付いているようだ。

この新しいパソコンで、
小説の続編が書ければいいなと思っている。

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2008-07-27-SUN
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