MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『温もり』


湯たんぽを買った。
ゴム製で、手編みのセーターのようなカバーが付いている。
僕が子供の頃に使っていた湯たんぽとはまるで違う、
ずいぶんと可愛い湯たんぽだ。
昨年の冬は、電気毛布を使っていた。
だが、世の中はエコロジーの時代である。
ほんの少しでも、エネルギー消費を抑えなければならない。
そこで、昔懐かしい湯たんぽの使用を思いついたのである。
さっそく探しにデパートへ向かったのであるが、
湯たんぽは意外と簡単に発見できた。
やはり、世の中はエコロジー、省エネの時代、
湯たんぽコーナーまであった。
昔風の湯たんぽから、犬のぬいぐるみのようなもの、
羊のような形の湯たんぽもあり、
どれにしようかと迷うほどの種類の多さだ。
買ってきた湯たんぽに熱いお湯を入れ、
キャップをしっかりと締めた。
フトンの中の足の位置に置いて、
しばし歯磨きなどの寝支度をする。
その後、やれやれとフトンの中に入る。
すると、フトンの中がすっかり温まっているのだ。
なるほど、このセーターのようなカバーの感触が、
なんともいえず心地良い。

不思議なもので、足が温まってしまうと
すぐに深い眠りがやってくる。
温かい、実に良い温かさだ。
お湯の蒸気が外に沁み出ているわけでもないのに、
なんだかしっとりと温かいのだ。
朝方、目が覚める。
まだ温かい湯たんぽを腰のあたりに置いて、
そのまま少しまどろむ、幸福な時間だ。
その時、突然、子供の頃に飼っていたネコを思い出した。
寒い夜、ぐうぐう眠っている僕の枕元に、
ネコがやってくる。
耳元で、ほんの小さな声でニャァと鳴くのだった。
どんなにうるさくても目を覚まさない僕が、
この小さなニャァだけは聞き逃さない。
フトンを少し持ち上げると、ネコは音もなく入ってくる。
僕の腰のあたりで丸くなったネコは、
すぐにゴロゴロと喉を鳴らすのだった。
その、ネコの柔らかさ、温かさ。
寝相の悪い僕なのに、
寝返りをうってネコを押しつぶすこともない。
ネコは同じ場所でぐっすりと眠りこけているのだった。

夕食時、ネコはいつも父のあぐらの上にいた。
晩酌のつまみをほんの少しずつ、父はネコに食べさせる。
だから、夕食の時間、ネコはいつも父の側にいるのだった。
夕食のちょっと前、ネコの好物の魚がこたつの上にあった。
ネコはこたつの向こう側で隠れながら、
この魚を狙っている。
ネコは、僕の目に触れないよう隠れているつもりなのだが、
残念ながらふたつの耳だけが見えてしまっている。
やがて、今度はネコの顔がこたつの向こうに現れる。
ネコは、魚が乗った皿の位置を確認しているのだ。
しっかりと位置を確認すると、
ネコの顔も耳もこたつの向こうに消える。
その直後、ネコの右手がこたつの上に伸びてくる。
ネコの右手は、確認した皿の位置を的確に探り始める。
だが、残念ながらネコの手は
むなしくこたつ板の上を引っ掻くのみだ。
魚の乗った皿は、
僕が別の位置にずらしてしまったからである。
ネコの右手が消え、再びネコの顔が現れる。
もう一度、皿の位置を確認するのだ。
丸くなったネコの目がしっかりと魚を見つめ、
やがてこたつの向こうに消える。
再び右手だけが現れ、こたつ板を引っ掻く。
皿はまた別のところに移動している。
こんなネコとの遊びが、僕にはたまらなく面白かったのだ。
遊んでくれたお礼に、
母には内緒で少しだけ魚を食べさせた。
ネコは目を細めるようにして、
ようやく手に入った魚を美味しそうに食べた。

夜になると、ネコは僕のフトンの中で眠った。
父、母のフトンでもなく、二人の姉でもなく、
必ず僕のフトンの中に入ってきた。
寒い夜、柔らかい温もりが
僕のフトンの中にいてくれたのだ。
「これ、あんたのところのネコじゃろか」
ある日、隣のおばさんが、ネコを持ってきた。
おばさんの手に、もう動かなくなった僕のネコがいた。
「車に轢かれたんじゃろかねぇ。かわいそうにねぇ」
僕の手に渡されたネコは、
ほんの少し口のあたりに血が付いていたが、
まるで無傷のようで、ただ眠っているように見えた。
だが、あの柔らかな温かさはもうなかった。
もう、すっかり忘れてしまっていたはずのあの日の記憶が、
湯たんぽの温もりで鮮明に蘇った。
僕はフトンにもぐり込んで、まだ温かい湯たんぽを抱いた。

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2008-02-10-SUN
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