MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

ビールを頼んでしばし待つと、
「はい、こちらビールになります」
このフレーズを聞くと、マジシャンという職業柄か、
水がビールに変わってしまうマジックを連想してしまう。
だが、水がビールになるわけではない、
始めからビールなのだ。
しかし、昨今では、
「ビールです」
ではなくて、
「ビールになります」
なのだ。続けて焼き餃子を頼むと、
「今日は水餃子になりますけど、よろしかったですか」
ちっともよろしくないのだが、
もう客に選択肢などないのだ。
マジシャンが観客にトランプを一枚引かせて、
「今日はハートの3になりますけど、よろしかったですか」
と言う。
ところが、引いたトランプがスペードの5だった時、
観客は、
「じゃぁ、それでいいです」
などと、絶対に応えてはくれないだろう。
変なマニュアル日本語が、
もうすっかり定着してしまったのだ。
どうにも気になるなぁと嘆きつつ、
「エッセイになります。
 短いですけど、よろしかったですか」


『ふたつの人生』


嫌な上司だった。
部下の僕たちを、まるで自分の小道具のように扱った。
「おい、ちょっと来い。なんだぁ、この仕事は」
決して名前で呼ばれなかった。
いつも人差し指一本で呼びつけられた。
確かに、仕事はできる上司だった。
専務とか社長とかの覚え目出たく、
上からの要望には確実に応える人だった。
珍しく、お昼に誘われたことがあった。
近くの店で定食を食べ、なじみらしい喫茶店に入った。
「オレは、いつもの」
僕も同じものを頼み、
緊張しながらも上司の話に耳を傾けていた。
すると、突然、
「ばかやろう、オレが話してるのに、
 偉そうにフンフン聞いてやがって」
激しく叱責されてしまった。
「す、すいません。でも、ちゃんと聞いて‥‥」
デスクに戻った僕は、すぐに先輩にぼやいた。
「なぜ、あんな嫌な人が出世するんですか」
「仕方ないよ。あれで仕事はできるんだから」
そんな上司が、ある日の定期検診で引っかかってしまった。
すぐさま入院、手術をした。
しばらくは小康状態だったのだが、
はかなくも亡くなってしまった。
お通夜に出掛け、初めてご家族と対面した。
上司は、さぞかし家庭でも
嫌な存在だったであろうと思っていた。
ところが、家庭では妻を大切にする夫であり、
優しい父親であったらしいのだ。
残された奥さんと娘さんたちが語った。
「夫は、父は、家族を何よりも大切にしてくれる、
 優しい人でした。
 また、本日お集まりくださいました
 多くの皆様に愛されて、
 夫は、父は幸せな人生でした」
もしや、上司は意外と良い人だったのだろうか。

父は自らが創業した会社の会長であった。
現在は、長男の私が継いで社長となっている。
弟も専務となって、父の元で働いてきた。
父は仕事の虫で、
一代でこの会社を築き上げた立志伝中の人物だった。
会社では立派な社長だったが、
家庭では嫌な父親だった。
仕事だけが人生で、従業員は無論のこと、
母も私たちも会社の部下としか
思ってないのではなかったろうか。
母は秘書、私たちは出来の悪い課長さんくらいの
扱いであった。
そんな父が、毎年11月の半分を過ごす
保養先の青森の温泉宿で急死したのだった。
「まったく、この忙しい時期に亡くなるとは。
 最後まで家族を苦しめる親父だったなぁ」
電車、タクシーを乗り継いで到着した温泉宿。
こんな山奥のひなびた宿で、父は生涯を閉じたのだ。
きっと、わがまま放題の嫌な客であったのだろう。
「本当に、この度は残念でなりません。
 あんな良い人が、急にお亡くなりになるなんて。
 従業員も同宿の皆さんも、もう言葉もありません」
「お父様はね、みんなのしょうもない相談事にも
 親身になって応えてくださってね。
 村の祭りにも寄進くださって」
「粗末な料理にも、
 美味しい美味しいと言ってくださって」
会う人会う人が、口々に父の死を惜しんでくれていた。
思いもかけないことに、
親父はここではとても良い人だったらしい。

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2008-01-27-SUN
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