MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『不肖のマジシャン』


先日、近くの郵便局から手紙が届いた。
といっても、友人からとか会社からとかではなく、
郵便局長さんからの手紙であった。
『至急、お伝えしたいことがありますので、
 ご連絡させていただきました』
とある。
はて何だろう、こんな手紙を受け取るのは初めてだ。
 こういう場合、
「はは〜ん、何かが当たって
 100万円振り込みます、だな」
などという、楽しい想像は浮かばないものだ。
かといって、郵便局に押し入った記憶もなければ
隠し貯金があるはずもない。
ごくごく小額の普通預金があるのみだ。
分からない、まるで見当もつかない。
 電話をしてみると、すぐに担当の方が出た。
「えぇ〜っと、実はですね、
 小石様は現在二通の通帳をお持ちですよね。
 だとすると、
 現在の法律ではいけないことになっておりまして」
いえいえ、私の持っている郵便貯金通帳は一通のみだ。
「となると、同姓同名の方が
 他にいらっしゃることに‥‥」
確かに、佐藤一郎さんとか田中信二さんとかであれば、
同姓同名の人が日本全国に複数いるかもしれない。
だが、私の名前は小石至誠である。
姓はこいし、名はしせいと読む。
姓も珍しいが名も珍しい。
小石至誠という同姓同名の人物に、
これまで一度も会ったことがない。
「ですよねぇ。
 となると、子供の時に作られたことはありませんか」
そうだ、子供の時に
親に作ってもらったことがあるかもしれない。
私は、故郷の両親に電話をしてみた。
「お父ちゃん、あのなぁ、郵便局から電話が来たよ。
 でな、僕の貯金通帳が二通あって‥‥」
すると、父は慌てて、
「おいおい、気ぃつけんと、
 そりゃなにか騙そうとする電話じゃて」
我が故郷にも振り込め詐欺の電話が多いらしく、
父もいささか過敏になっていた。
「お父ちゃん、今回は本物の郵便局の人でね。
 ひょっとして僕の通帳って、そっちにあるかい」
すると父はあっさりと、
「あぁ、ずいぶん昔に、作ったわい。
 至誠のために、ほんの少しやけどなぁ」
不肖の息子は大学を卒業しても故郷に戻らず、
銀行とか商社とかに就職もせず、
なんだか訳の分からない
手品師、マジシャンとかいうものになってしまった。
遠い東京で、大きな街で、
何かに迷って手品師になってしまったのだ。
早晩、食いつめて帰ってくるに違いない。
その日のために、故郷で出直す時のために、
父は通帳を作ったのだろう。
「お父ちゃん、すみませんでした。
 でもね、今は法律で禁止されとるんよ」
そう告げると、定年まで勤め上げた元郵便局員の父は
自信たっぷりに、
「いやぁ、そんなはずないて。
 こっちのは定期じゃて関係あらへんでなぁ」
しかし、父が現役の頃とは
郵便局の事情も変わってしまったのだ。
後日、父は近くの郵便局に問い合わせに行き、
納得してくれたらしい。
「こっちの通帳を郵送するでな、
 近くの郵便局で一通にしてもらっちょくれ」
私は、父から送られた通帳を持って郵便局へ行き、
一通にしてもらった。
「お父ちゃん、今、一通にしてもらったからね」
「そうか、そうか、そりゃ良かったのう」
電話では言えなかったが、お父ちゃん、ありがとう。
父母にずいぶんと心配をかけてしまった手品師家業も、
お陰様で今年31年目を迎えた。
どうか皆様、今年もよろしくお願いいたします。

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2008-01-20-SUN
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