MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『愛しのQカー』


もう5、6年間前になるだろうか、
チョロQの実車版が発売された。
大ヒットしたオモチャのチョロQをもとに、
実際に公道を走れるように設計された車である。
電動で、なんと家庭用のコンセントで
充電すればいいという。

私は飛びついた。
まずはその可愛らしさ!
オモチャのチョロQそのままの、丸っこい黄色い車体。
私がまだ子供だった頃、
遊園地とかデパートの屋上にあった、
10円で5分乗れる遊具の車のような懐かしさ。

展示会はJR浜松町近くのビル内の特設会場であった。
フロアーに、デザインの違った3種類のQカーが
展示されていた。
運転席に乗っていると、説明役のコンパニオンさんが
詳しい解説をしてくれるのだが、
僕はもはや夢気分で、
せっかくの解説があまり耳に入らなかった。
「この奥のフロアーで、試乗もできますよ」
それを早く言ってほしかったと、
僕はすぐさま奥のフロアーへと向かった。

広いフロアーに黄色いQカーがあり、
小さな赤いコーンで仕切られた試乗コースが見えた。
ひとりひとり順番に乗って、
短いながらも実際にQカーを運転できるのだった。
僕は急いで列に並び、順番を待った。
なんせコースが狭いため、すぐに順番が回ってきた。
さて、実際の乗り心地はどうだろう。

スタートは、普通のガソリン車と同じにキィを回すのだが、
当然ながらエンジン音はしない。
後はただアクセルを踏むと音もなくQカーは走り出した。
ゴーカートのような荒々しい感じはなくて、
まるで滑るような走りだ。
僕は降りてすぐ列に並び直し、何度も何度も乗り続けた。
「お台場にショー・ルームがありまして、
 そこでは公道での試乗をしていただけます」
それを早く言ってほしかったと再び思い、
僕はお台場へと向かった。
海に面したウッド・デッキのショー・ルームに、
小さく可愛いQカーが並んでいた。
ここは試乗を待つ人の列もなく、すぐ試乗ができた。
「コースは、海沿いの道をぐるっと一周していただきます。
 今日は晴れて絶好のQカー日和ですね」
確かに、オープン・カーであるQカーは
雨にはからきし弱い。

Qカーの運転席から見ると、車線がとても広く見える。
隣を走っている普通車も大きく見えてしまう。
40キロほどのスピードで走るのだが、
体感スピードは60キロを超えているように感じられる。
運転席からの視線が低く、
周りの景色がビュンビュンと流れて行くのだった。

試乗を終えてショー・ルームに戻った僕は、
すでに購入を決意していた。
高い買い物ではあるが、
僕にはこのQカーを
ステージ・マジックに使うという計画があったのだ。

ステージにQカーが登場する。
ステージを少し走って、所定の場所に停車する。
カーテンが降りて、Qカーの姿が一瞬見えなくなる。
ワン、ツー、スリーでカーテンが外されると、
なんとQカーはこつ然と消えてしまっている。

実を言うと、このマジックは
Qカーなくしては考えられないマジックなのだ。
Qカーは電動車で、音もなく走ることができる。
つまり、観客に気づかれることなく、
カーテンの裏で密かに移動できてしまうのだ。
これがもしガソリン車ならば、
かなり大きなエンジン音がして
観客に気づかれてしまうであろう。

時々、Qカーに乗って街を走る。
小さい路地や商店街もスイスイとは走ることができる。
ただ、まったく音がしないので、
前を歩いている人たちに気づいてもらえない。
仕方なく、
「すいません、車が通ります」
と声を掛けると、
「あらら、まぁ〜、何かしら、これ」
「これって、車なの? オモチャ?」
などと、返事に困るような質問が返ってくるのだ。
子供たちは、
「わ〜い、変な車がいるぞ、追いかけよう!」
これまた大変なことになるのだ。
Qカーを停めて買い物をし、
帰ってくるとQカーに子供が乗っている。
ハンドルを回したりして遊んでいるのだ。
「あのねぇ、これはオモチャじゃないからね」
こんな可愛いQカーも、
もうすぐ別の所有者のもとに行くことになった。
ナポレオンズが所属している事務所のビルが
建て替えになり、
Qカーの居場所がなくなってしまったからである。
私は、まるで子供を養子に出す親のような心境でいる。

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2007-11-16-SUN
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