MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『2006年 僕に起きたこと』


「生爪を剥がすように」という表現がある。
最も堪えがたい痛みの表現である。
そんな痛みを、僕は経験してしまった。
ある夜、ぼくは悪夢にうなされてか、
大きく寝返りを打った。
その時、右足を激しく壁に打ち付けてしまったのだ。
あわれ右足親指の爪はブカブカと浮いて、
その下から血がジュワジュワと流れ出してきた。
痛かったなぁ。
しかし日に日に回復して、
剥がれた爪の中に小さな爪が生えてきていた。
今現在、右足親指の爪は
やっと普通サイズにまで復活している。
爪は再生してくれるのだ。
僕はこれが妙に嬉しかった。
なぜだか爪は再生してくれる。
人間の部位で、再生してくれる部分はそんなに多くない。
髪だって、再生を願う人が多いはずなのに
なかなか再生してはくれない。
あっちだってこっちだって、
失ってしまうと再生なんかしてはくれない。
でも、爪は再生してくれるんだな。
きっと人間にとって、
思ったより爪は大切なものなのかもしれない。
とても痛い経験だったけれど、
爪の不思議を思うことができて良かった。

故郷に帰った。
僕の故郷は、岐阜県の本当になにもない田舎である。
子供の頃とまるで変わってない川が流れていて、
僕は毎日釣りをして過ごした。
ある日、年老いた両親と
大型ショッピング・モールに出掛けた。
あれこれ買い物をしていると、
『スピード健康診断実施中』との張り紙を発見した。
僕の両親はそろって80歳を超えている。
見た目はすこぶる元気ではあるが、
やはり心配しないわけにはいかない。
そこで、さっそく健康診断を受けることにした。
ついでに僕も診断を受けた。
あれこれ調べてもらってしばし結果待ち。
ベンチに座る両親を見ていると、
いつまでも健康でいてほしいと、あらためて思う。
「小石さん、え〜と小石至誠さん、
 この方は少し骨のカルシウム量が
 足りない傾向があります。
 他の方はすこぶる健康で、問題ありません」
健康に問題があるのは息子の僕だけだった‥‥。
そんな不肖の息子を、両親が心配そうに見つめていた。

マジシャンは見た目がとても大切である。
ヘア・スタイルは最重要である。
そこで、僕はカリスマ美容師さんを
紹介してもらうことにした。
まぁなんともオシャレなビルの3階、白いフロア、
そこに純白のシャツに細身の黒いパンツ、
背中まで届くような長髪を美しくウェーブさせた
僕のカリスマ美容師さんがいた。
「分かりました。
 今、小石さんが望んでいるもの、すべて分かりました」
そう言うと、しなやかな長い指を
ひらひらさせながらハサミを動かし始めるのだった。
「ほら、これでもう小石さんの後頭部の絶壁は
 気にならなくなったでしょ?」
もともと気になんかしてなかった後頭部の絶壁であったが、
確かに見事にふっくらと修正されていた。
素晴らしい出来映えである。
世の中に、確かに天才は存在する。
このカリスマ美容師さんを見ているとあらためて思う。
そんな天才ゆえに、
このカリスマに髪を切ってもらいたい人が列をなしている。
ゆえに予約がなかなか取れない。
予約担当の方に次の予約を申し入れておくのだが、
常に難しい状況である。
ところが、今回はすぐに電話がきた。
「小石さん、実は今週末、予約が取れそうなんですが」
今週末、たぶんまだ僕の髪はそんなに伸びてないと思うが、
そんなことでせっかくのカリスマの予約を
逃すわけにはいかないのだ。
僕は焦りつつも即答した。
「はいはい、予約お願いします!」
伸びたから、などという些細な髪の都合など
もはや関係ないのだ。
それほどに、カリスマ美容師の魔力はすごいのだった。

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2006-12-31-SUN

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